皆川幻想文学の最高峰『ゆめこ縮緬』が描く“美しい恐怖” 令和元年に復刊された名著を読む
令和元年に復刊された意義
収録されている作品の中には、最初の一文を取り出しただけでぞっとするものもある。何が起こるのか、と身構えるが、紙幅が多く割かれるのは、何気ない人々の会話だ。
生活の中に、怪奇は音もなく滑り込んでくる。本作において、日常から怪奇描写への移行は非常にシームレスに行われる。
どの短編でも、登場人物の状況や関係性が明示されることは少ない。彼らの会話や日常から、少しずつ読み取り、想像し、自分の中で整理していく必要がある。散りばめられた謎は、一つ掴んだと思ったらまた一つ浮かぶ、というようにどんどんと想像の中の景色を広げていく。そうして彼らを知る作業に没頭する中で、ふと狂気がにじむのが、何より恐ろしく感じられるのだ。
表題にもなっている短編、ゆめこ縮緬では、病気の弟を持つチャーちゃんが、叔母と祖母のもとどう育ったのかについて、チャーちゃん自身の目線から語られる。その中では生まれたばかりの妹の死、いとこの自殺など、ショッキングな出来事が起こるが、それそのものが怪異現象ではない。
ラストには、大人になったチャーちゃんが、幼少期を過ごした叔母の家を尋ねる。あるはずのない橋を渡り、たどり着いた家では、幼い頃に経験した焚き火が行われていた。かつてのように、叔母はその焚き火にノートをくべている。今度は大きくなったチャーちゃんも隣に並び、同じように自分のノートをくべる。祖母は、まるで幼い日に戻ったように、おやつにしようと呼びかける。
その描写の意図するところは、はっきりとは書かれない。そもそももう存在するはずのない川にかかっている橋を渡ったところから、現実ではなかったのだろうか。焚き火にノートをくべる叔母は、年を取っているのだろうか。チャーちゃんは本当に成長してここに戻ってきたのか、それとも白昼夢のようなものだったのか。そして、誰がチャーちゃんだったのか。
情景としては、ただ焚き火をしているだけだ。死を連想させるような描写もはいっているが、事実として語られる妹の死や中絶手術、いとこの自殺のほうがよほど痛ましい描かれ方をしている。それでも、一番に読者の心を揺さぶるのは、最後の何気ない焚き火の場面だ。くべられたノートが燃え尽きるように、ラストは呆気なく締められる。けれど、忌わしい親族の描写や、残る謎に対してあっさりした結末だからこそ、読者は心細さを尾に引いたまま読了するしかなくなってしまう。そしてその余韻は、読後もなかなか抜けきらない。日常の中で何気なく怪異が現れるからこそ、恐ろしさが際立つように感じられた。
令和元年に復刊された文庫版『ゆめこ縮緬』の表紙には、花、ネイル、蝶など、一見すると美しいモチーフが並ぶ。しかし、じっと見つめていると、分断された蝶の羽、ネイルの中に描かれた人間の目、どくろなど、その中に恐怖が潜んでいることに気づく。皆川幻想文学は、どの一文をとっても非常に美しい。幻想という言葉からイメージする通りの美しさは、怪異すらまばゆく見せる。そして、品のある文章の中に、ひっそりと恐怖がにじむ。美しさと恐ろしさとは、とても近いところにあるものなのかもしれないと思わされる一作だ。
■まさみ
フリーライター。漫画・ゲーム・読書など主な趣味はインドア。広告代理店でコピーライターとして勤務後、独立。食らいついたものは、とことん掘り下げるタイプ。 @masami16020
■書籍情報
『ゆめこ縮緬』(角川文庫)
著者:皆川博子
出版社:KADOKAWA
価格:本体880円+税
公式サイト:https://www.kadokawa.co.jp/product/321901000145/