松田龍平×綾野剛『影裏』、原作小説が描いた“日常”と“震災” 映画で紡がれる新たな物語への期待

松田龍平×綾野剛『影裏』原作小説を読む

震災がもたらした変化

 小説『影裏』の通奏低音になっているのは、東日本大震災だ。本作における震災の扱い方については、芥川賞の選考委員の間でもかなり評価が分かれていたが、小説全体を覆っている暗い予感、“いつかすべてが崩壊してしまう”という予兆を示すメタファーとして十分に機能していると思う。稲垣吾郎が司会を務める読書バラエティー『ゴロウ・デラックス』(TBS系)に出演した際に沼田は、「2010年から11年。あの時代の人や社会を書けばおのずと震災のにおいがしてくる」とコメントしているが、具体性をあえてぼかし、“におい”として存在させることで、読み手の感情にまとわりつくような濃密な表現につながっているのだ。

 小説の終盤、消息不明になった日浅の足跡を調べるなかで、今野は日浅の裏の顔を少しずつ知ることになる。決定的なことは何も起こらず、全貌はまるでわからないままに小説は終わりを迎え、その後には、大切なものが失われているという薄暗い思いだけが残る。ぼんやりと過ぎていく日常のなかで、決定的なことは何も起こらない。我々は“いつの間にか、取り返しがつかないほどに変わってしまっていた”という事実に後から気づくだけなのだ。

 最後に、本作の映画化について。映画になることが決まった後で小説を読んだので、今野には綾野剛、日浅には松田龍平のイメージが付きまとってしまったが、違和感はまったくなく、頭のなかで、それぞれの言葉を綾野、松田の声で再生することを楽しんだ。映画のなかではおそらく、原作の時間の流れも変更され、新たな物語として再構築されるはず。できれば映画の公開前に、小説「影裏」の濃密な空気を味わうことをおすすめしたい。

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

■書籍情報
『影裏』
沼田真佑 著
価格:本体550円+税(文庫版) 
判型:文庫
発売:文藝春秋
公式サイト

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