三月のパンタシア・みあが紡ぐ唯一無二の物語ーー多角的な“愛の形”を描いた『愛の不可思議』を紐解く
人は大人になるほど、自分の感情に目を背けがちだ。みあの綴る言葉は柔らかい歌声で固く閉じた心の扉をノックし、その深部に眠った感情を呼び覚ます。たとえば、捻くれた気持ちが意図せず関係に歪みを生じさせてしまった、あのどうしようもない気持ち。そして、同時に気付かされる。大人になった今でも、青い青春期に感じたのと似た感情が日常生活のあらゆる場面で渦巻いていることをーー。
多感な青春期の「言いたいけど、言えない気持ち」をそのまま純真無垢な言葉に昇華してみせる、みあの想像力があまりにも尊い。見上げた空に現れた五線譜の上の音符をシルキーになぞる、甘い果実に似た声。そこから純粋な青が迸っている。ゆえに現実感が加わり、心の琴線に触れる作品として心を揺らす。純度の高い水のような煌めきと、青かった頃の感情を鮮やかに呼び覚ますほどの確かな力を持ったその絶妙なバランスに耳を傾ける。
みあをボーカリストとするクリエイターを固定化しない音楽ユニット・三月のパンタシア(以下、三パシ)は、これまで、すこっぷ、n-buna、40mP、堀江晶太など主にボカロ界隈で活躍するクリエイターが楽曲を制作。みあがその世界観を歌で紡いできた。2018年からは「音楽×小説×イラスト」を連動させた作品作りを行う自主企画「ガールズブルー」をスタートさせ、今では代表曲でもある第1弾「青春なんていらないわ」をはじめ、2ndアルバム『ガールズブルー・ハッピーサッド』、3ndアルバム『ブルーポップは鳴りやまない』、4thアルバム『邂逅少女』とリリースされる作品のほとんどが、みあによる小説を軸としている。その小説を元にクリエイターが楽曲を制作することもあれば、みあ自身が作詞に携わることもある。東京・豊洲PITで開催されたワンマンライブ『物語はまだまだ続いていく』で、ライブ中にみあが素顔を公開するというサプライズがあった2021年11月27日以来、新たな空想の物語が、みあの活動と邂逅。さらにリアリティを増してきたようにも思う。
4thアルバム『邂逅少女』から約2年半ぶりの2024年8月21日。リリースされた三パシの最新アルバム『愛の不可思議』の収録曲も、ほぼみあによる小説をベースにしている。愛をテーマにした作品で、楽曲を制作したクリエイター陣も、柔らかな音像を生み出すはるまきごはんやMIMI、予測不能なサウンド展開が現代的な故人・くぅ(NEE)などの錚々たる顔ぶれ。小説からクリエイターが制作した作品、クリエイターと共同で作詞を手掛けた作品、みあが作詞のみ担当し、自身の言葉が色濃く刻まれた作品の三つに分かれている。
TVアニメ『ライザのアトリエ ~常闇の女王と秘密の隠れ家~』(TOKYO MXほか)のOPテーマ「ゴールデンレイ」から壮大な冒険が幕を開ける本作。足元から水飛沫が勢いよく飛び散る光景が脳裏に浮かび、温かみのあるバンドサウンドへとなだれ込む。MVでも光を多く用いた描写で、一層高らかになっていく無色透明の歌声に“止まれない今”を感じる。とりわけ、忘れていた心の隙間へと声をかける三パシの潜在力を再認識するのは、小説『真冬の薄明に手を伸ばして』の主題歌で、疾走感のあるビートが高まっていく「薄明」。この曲は、初めて、みあがポエトリーリーディングに挑戦した曲でもある。正直になれず逃げ続けた主人公を描いた小説では描かれなかった〈ださい格好悪いくだらなくても/きっと強さは無限に探せる〉という欲望を剥き出しにした想いが、クライマックスでエッジの効いた歌声と歪ませたギターサウンドの共存のなかで解き放たれる。そんなエモーショナルな歌声は、たとえるなら、普段は寡黙な学生が口を開いたとき、その言葉に想像を超える重みがあったことを知ったあの衝撃を彷彿とさせる。みあの柔らかくポップな言葉たちが息づく場所には、無数の神経が行き交い、計り知れない力が強大に働いているのだろう。言葉で何かを変えることが、この歌声なら可能だ、とそう感じた。
『真冬の薄明に手を伸ばして』の主人公と奇跡的な出会いをする小説『ファインダー越しに見つめる世界』の主人公を描いた「春嵐」は、自分に似た唯一の心を許せる友達“あなた”と運命の共同体であることを、爽快感のあるバンドサウンドがドラマティックに描き出していく。光と影の二つから生まれる愛を求める人の不可思議を問う小説のテーマ〈生きてるかぎりは幸福と同じだけ苦しみもある〉を語るのは、これもまた爽やかなバンドサウンドの中に、マーチングパーカッションが印象的な世界観を奏でる「March」。幻想的な空気感を纏う中で、歌声が虹色の輝きを放ち、〈行かなくちゃ〉とひたすら前を向く応援ソング。ここまでは、光を思わせるバンドサウンドと三パシらしい透明な歌声に包まれる。