ボカロシーンで活躍中のアーティストを徹底解剖 第1回(後編):煮ル果実が考えるボーカロイドの可能性

煮ル果実が考えるボカロの可能性

毎回考えているのは「自分にとって新しいことに挑戦する」こと

――また、最近では煮ル果実さん自身も参加されている『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』や『ボカコレ(The VOCALOID Collection)』など、ボカロ文化の魅力を広めてくれる作品や企画も盛り上がっている印象です。

煮ル果実:そういうものって僕はすごく大切だと思っていて。変にアートぶるのではなくて、ボカロ文化の魅力を多くの人に伝えてくれる存在というのは、とても大きいと思っています。おかげさまで、いろんな人にボカロの魅力が広がっていると思いますし、世間的に見ても、ボカロに対する抵抗が薄れてきていると思うので。僕としても、そういった作品や場所に参加する機会は大事にしたいですし、同時にまた違う層の方々にもアプローチしていきたいと思っています。ちょっと欲張りかもしれないですが(笑)。

――煮ル果実さんは、Adoさんやずっと真夜中でいいのに。など、他のアーティストの方の楽曲にもかかわっています。ボカロ曲の制作と楽曲提供で感覚は違うものなんでしょうか?

煮ル果実:僕の場合は、かなり違いますね。ボカロで自分の楽曲をつくるときと、他のアーティストの方に楽曲提供するときでは、そもそも自分の中のチャンネルがかなり違っているというか。もちろん、楽曲提供の際にいただいたリファレンスがボカロっぽい要素であれば、それを活かすこともありますけど、そのアーティストの方自身の魅力を活かすことが第一なので、そのために必要なら自分の曲ではやってこなかった新しい表現にも挑戦しています。

――たとえば、Rain Dropsの「ブギーマン」辺りはまさにそうかもしれません。ご自身の楽曲ではなかなかないようなテイストのラップ曲に仕上がっているといいますか。

Boogeyman

煮ル果実:確かに、「ブギーマン」は大胆にやりすぎてしまった曲でした(笑)。

――もちろん、Adoさんへの提供曲でも、ずっと真夜中でいいのに。の楽曲アレンジでも、それぞれに普段の煮ル果実さんとはまた違ったテイストが垣間見えるのが印象的です。

煮ル果実:根本的に、僕はずっと同じことをやり続けるのが好きじゃないんです。これは間違いなくそうで(笑)、曲をつくっていても、同じようなものができてしまうと「これは前にやったなぁ……」と思ってしまいますし、仮に似たテイストでも、その中に以前と比べて変化や進化を感じる部分があれば、「これはよし」と判断したりしていて。

――なるほど。

煮ル果実:そう考えると、もしかしたらそういうところが、自分らしさなのかもしれないです。「自分にとって新しいことに挑戦する」ということは、毎回考えていることでもあるので。

――「自分も驚きたい」という感覚なんでしょうか? 

煮ル果実:多分そうなのかな、と思います。「こんなこともできるようになったんだ?!」って、自分でも驚きたいですし、人の曲を書くときも、新しい要素は入れたい、と思っているので。

――自身の提供曲の中で、特に印象に残っているものはありますか?

煮ル果実:色々あるんですけど、たとえばAdoさんに提供した「マザーランド」のときは、「どれだけシンプルにするか」ということを考えていて、「シンプルかつこれまででは出せなかった荒廃した雰囲気の曲にしたい」と思っていました。“寂しさ”と“愛”を歌う曲なので、そういう部分を、音の面でも新しい形で表現していきました。たとえば、冒頭のトラックの音なんかは、それまでに使ったことのない音で、それ以降の楽曲にも活かすようになったりしています。曲をつくるたびに「こういう音もあるんだ」と発見できることは多いですね。

【Ado】マザーランド

――最近好きで聴いているボカロPやアーティストがいれば教えてください。

煮ル果実:最近だと、たとえばGaL(GambleLoom)のみなさんはすごく好きで、何人かメンバーの方々にもお会いする機会があったんですけど、自分とはまた全然違った、個性的な音楽をつくっている方たちだな、と思っています。REDさんと、A4。さんと、キツネリさんとお話したことがあるんですよ。とても注目していて、曲を聴くのを楽しみにしている方たちです。

 あと、最近一番好きなのは「バカ通信」などをつくっているのすけ(isonosuke)さん。この曲以外の曲も全部いいんですよ。バンドサウンドとは全然違う、打ち込みを中心にした音楽性で、そこに皮肉とインターネットに蔓延っているどす黒い感情やモヤモヤが詰まっていて。それをちゃんと音楽として出力できるのってすごいなと思います。あくまで重くなりすぎない雰囲気で表現しているのも好きなところです。

バカ通信 / 知声 MV

 あとはやっぱり、自分の仲がいい人で恐縮ですけど、はるまきごはんさん。彼の近くでクリエイトを見ていると、本当にすごいな、と思うんですよ。歌詞もだし、アートを生み出す力が、今まで見たことのないような形で突き抜けている人だな、と思っています。

――最後に改めて、煮ル果実さんがボカロに感じている魅力や、ボカロ文化のこれからについて期待していることを教えてもらえると嬉しいです。

煮ル果実:さっきもお話したように、ボーカロイドはまだまだ可能性があるものだと思っているので、これからもそこを突き詰めていく旅なのかな、と思っています。

『灰Φ倶楽部』
『灰Φ倶楽部』

――音楽ツールとしての特異性も相まって、間違いなくまだ誰も行ってない場所に連れて行ってくれるロケットのようなものではありますよね。

煮ル果実:そうですよね。そもそも、技術ってそうやって発展してきたものでもあると思うんです。技術を生み出す人がいて、それを使って色々なことをはじめる人がいて。僕自身も、ボーカロイドがどんなことを引き起こすのかということを、想像がつかないからこそ見続けていたい、と思います。もちろん、必ずしもいいことが起こるとは限りません。でも、僕はそれでもいいと思っていて。そこから何が生まれるのか、そしてそれを見た人達の心がどんなふうに動くのかに、とても興味があるんです。なので、僕自身が人の心に興味があるタイプで、それをしっかり感じられることが、僕がボーカロイドに惹かれている理由のひとつなんだと思います。ボーカロイドをテーマにするだけで「人っぽくない/人っぽい」という議論が生まれたりすることだって、そういう魅力があるからこその話だと思うんです。

――それ自体は人ではないにもかかわらず、「人の心ってどういうものだろう?」ということが、とても分かりやすく可視化されるといいますか。本当に不思議ですよね。

煮ル果実:だからこそ、ボーカロイドがどうなっていくのかをずっと見ていきたいですし、答えが出ることではないだろうな、とも思っています。でも、だからこそ永遠に追い続けられるのかな、と。そして、それをボカロ文化にまだ触れていない人たちにも知ってもらえたらな、と思います。これは、僕自身がボカロ文化に触れることで色々な経験が広がったことからこそ、この経験を逃してほしくないというエゴのような感情ですね(笑)。僕自身も、まだボカロを聴いたことのない人にも「聴いてみようかな」と思ってもらえるような、そういう機会を支えられるクリエイトをしていけたらいいな、と思っています。

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