ボカロシーンで活躍中のアーティストを徹底解剖 第1回(後編):煮ル果実が考えるボーカロイドの可能性

煮ル果実が考えるボカロの可能性

 米津玄師、YOASOBI・Ayase、ヨルシカ・n-bunaなど、音楽シーンを見渡せばボーカロイドをルーツに持つアーティストは数多い。本連載「Vocaloid producer’s resume」では、現役でボカロシーンで活躍する気鋭のアーティストたちにインタビュー。幼少期や学生時代、音楽的なルーツ、そして現在のボカロシーンをどのように見ているのかなどを語ってもらう。第1回には「ヲズワルド」「紗痲」などを代表曲に持ち、Adoへの楽曲提供やずっと真夜中でいいのに。の編曲にも参加する、煮ル果実を迎えた。後編では初投稿以降の自身の音楽活動やボカロに感じる魅力、今気になっているボカロPなどを聞いた。(編集部)

ボカロシーンで活躍中のアーティストを徹底解剖 第1回(前編):煮ル果実に聞く音楽との出会い&ルーツ

煮ル果実が新連載「Vocaloid producer’s resume」第1回に登場。前編では自身の幼少期や音楽との出会い、ボー…

つくる側になった今もずっと興奮し続けている

――デビュー当初と今とで、自身の音楽性についてはどんな変化を感じていますか?

煮ル果実:最初の頃は、本当に「つくりたいからつくっていた」という感覚のものが多くて、「こういう曲を出したら、どんなふうに受け止められるんだろう?」という、実験のような感覚でつくった曲も多かったと思います。でも、そこからいろんな人に聴いてもらえるようになったことで、曲をつくるときにも、聴いてくれる人達の存在を意識し始めるようになって。だとしたら、そこから生まれるポジティブな感情もネガティブな感情も、どっちも出さないといけないな、と思うようになりました。そういう感情って、もしかしたら今しか浮かばないものかもしれないですし、それを出力しないと、先も分からなくなるのかな、と思うんです。なので、最初は自分のためだけの音楽だったものが、どんどん「人に届ける音楽」に変わっていったという感覚がありました。もちろん、今でも自分が好きな音楽をつくり続けていますけど、歌詞を書く際のマインドなどが結構変わったのかな、と思うんです。

――なるほど。以前と比べてできるようになったこともあると思いますか?

煮ル果実:最初は簡単な打ち込みしかできなかったですし、自分自身バンドの音が好きだったのでバンドサウンドを主体にしていたんですけど、それをやっていくうちに、「これだけでは自分が成長できないな」と思うようになりました。初期の楽曲はだいたいどの曲もギターとベースを多重録音していて、「これをやり続けていたら、将来的に、たとえばギターやベースではできないことを表現したいと思っても、それができないんじゃないか」と思うようになりました。それで、一度は意図的に打ち込みのサウンドを増やしていきました。

――ミニアルバム『POPGATO』(2021年9月)辺りのお話ですね。

∴煮ル果実 Mini Album『POPGATO』クロスフェード

煮ル果実:そうですね。その前の2枚のアルバムはロックをメインにしていましたけど、『POPGATO』からは意識的に音楽性を変えていて。自分の中に他にどんな自分がいるのか知るためにも、打ち込みについて本格的に勉強しました。その結果、今では打ち込みだけでも納得できる曲がつくれるようになったし、そのうえでギターやベースのような音で、生命力や温かみのようなものも加えていって、機械的にはなりすぎない、「生きている音楽」ができるようになったのかな、と思っています。そもそも、自分の場合、音楽をつくっているときは、「これはまだ出せていなかった要素だな」というものを見つけたり、つくれたりしたときに一番興奮するんですよ。「また新しいものができたぞ!」って。

――煮ル果実さんの曲は、「これはどうやって出しているんだろう?」と感じるような音も結構入っていますよね。

煮ル果実:そういうこともすごく好きです。「こんな音、聴いたことないな」というものが入っていることだって、その音楽の独自性のひとつになると思っているので。

――これまで活動してきた中で特に嬉しかった、思い出を教えてください。

煮ル果実:やっぱり、自分の曲で二次創作をしてもらえたときがすごく嬉しかったです。たとえば、アニメのキャラクターを題材に自分で物語をつくってみる、ということにも似ているというか、僕がずっと憧れていたことだったので。僕も二次創作が大好きだったので、それをまさか自分の曲でやってもらえるなんて……という嬉しさがありました。そこからクリエイターの輪が広がったり、創作の熱量が受け継がれていくのは、本当に嬉しいことだと思っています。自分自身もボーカロイドのクリエイターの方達と交流をするようになって思うんですけど、ときには「こういう活動をしていなかったら、この人達と人生で一度も会わなかったかもしれない」というような出会いがあったり、お互い今みたいな活動をしていなかったら、きっと気が合っていなかったんじゃないかな、と思うこともあったりして(笑)。

――(笑)。

煮ル果実:でも、そんな人達がお互いにボカロ文化にいたことで、繋がることができて、今ではとても大事な人になっている。それって本当にすごいことだと思うんです。

――煮ル果実さんは、総勢12名によるコラボコンピレーション作品『キメラ』を筆頭に、ボカロPやボカロ文化を広めたいという気持ちの強い方だという印象があります。

"コラボ"コンピレーションアルバム『キメラ』クロスフェード

煮ル果実:ボカロの可能性をもっと広げられたら、と思っているんです。もちろん、みんなが同じことをやっても仕方ないので、僕は僕で自分でしか辿り着けない場所を見つけて「ここにこんな場所もあったよ!」と伝えたいというか。そうしたら、またみんなが「そうなんだ。じゃあ自分は別の場所に行けば、また違った景色が見えるかもしれない」と別の可能性を広げてくれて、その結果ボーカロイド可能性が広がったら、それってすごく素敵だと思うんです。

――なるほど。みなさんで「まだ行ったことのない場所を埋めていこう!」という。

煮ル果実:そうですね。そんなふうにできたら理想的だな、と思っているんです。音楽に限らずとも、いろんな面で「ものをつくる」ときには面白いことが起きると思うので、ボカロ文化を通して色々な人が出会って、予期せぬことが起きたり、化学反応を楽しめたりするとすごくいいなと思っています。それで新しいものを目指していけたらいいな、と。

――ボカロ曲は今では多くの人々が親しんでいる、日本の音楽シーンの中でも大きな存在感のあるジャンルになりました。近年はボカロPとして活動していた方がシンガーソングライターとして活躍するケースや、楽曲提供者として様々なアーティストの活躍を支えることも増えています。こうした文化の広がりについてはどんなふうに感じていますか?

煮ル果実:いろんな人達が、いろんな可能性を推し進めていると思っていて、たとえば、シンガーソングライターとして別の枠にも出て活動をしている方々も、それはそれでボーカロイドの多様性を推し進めていると思っています。それと同時に、僕自身は、ボーカロイド自体の可能性として、まだまだマイニングできるところがあるんじゃないかと思ってもいるので、追求していきたいと思っていて。可能性が本当にあるかどうかは時が経たないとわからないことではありますが、とにかくやり続けるというか、未知に向かって進んでいきたいな、と思います。それってすごくロマンを感じることですし、「生きているな」と実感できるようなことでもあると思うんです。

――実際のところ、ボーカロイドはとても不思議で、楽器でありつつも、そこに人間性やキャラクター性のようなものを見出すことができる存在です。まだまだ多くの可能性を秘めていそうですね。

煮ル果実:僕もそこがすごく好きなんです。「生きていない」とみんなに思われているにもかかわらず、そこには何故か不思議な実在性や精神性があって、底なしの可能性や魅力を感じるというか。リスナーとしてもそういう部分に興奮させられてきましたし、つくる側になった今もずっと興奮し続けています。そういう意味でも、まだまだいろんなことができると思っています。

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