島谷ひとみ×山本加津彦、『PEACE STOCK』に込めた願い 音楽で未来へ広げていく平和の輪

島谷ひとみ×山本加津彦 対談

 広島県出身のHIPPYと島谷ひとみが、HIPPY & HITOMIというユニット名でシングル『PEACE STOCK』をリリースした。表題曲は、2023年11月12日に広島マリーナホップで開催されたフェス『PEACE STOCK 78' HIROSHIMA 2023』のテーマソングとして書き下ろされたもので、楽曲制作は東方神起や西野カナなどのヒット曲を手掛けてきた山本加津彦が担当。HIPPYと共にフェスの発起人を務めた島谷は、どんな思いで『PEACE STOCK』を立ち上げたのか。一方、広島で音楽を通した平和プロジェクトを続けている山本はテーマソングにどんなアイデアを加えたのか。島谷自身が企画書を持って関係者に気持ちを伝えて回ったというフェス開催までの道のりや、フェス当日に打ち上げた花火に込めたメッセージ、そして、この先に向けた構想などを明かしてもらった。(猪又孝)

“PEACE STOCK=平和の備蓄”を掲げてフェス開催に至るまで

――HIPPY & HITOMIというユニット結成の流れから教えてください。

島谷ひとみ(以下、島谷):『PEACE STOCK』というフェスを広島発信で立ち上げたいという思いからです。広島出身・在住のHIPPYとは同い年で、私のライブにゲストで出てくれたりしていたんです。コロナ禍で大変な時期にいろいろ話しているなかで、私たちが今まで活動してきた集大成として、広島やこれまでお世話になった方に恩返しできることはないかな? っていう話が出て。

――まずはフェスをやりたいという思いから始まったんですね。

島谷:広島出身の私たちって子どもの頃から平和教育を受けてるんです。HIPPYは『原爆の語り部 被爆体験者の証言の会』というイベントも毎月やっている。じゃあ、私たちができることは、今、私たちが恵まれた環境でいかに幸せに暮らしているか。今の生活は当たり前じゃないんだよっていうことをエンターテインメントを通じて伝えることじゃないかなって。だったらフェスを立ち上げて、テーマソングを作ろうと。そこから二人でユニットを組もうとなったんです。

島谷ひとみ

――一方、山本さんとの出会いは?

山本加津彦(以下、山本):島谷さんと初めてお会いしたのは2015年です。『はだしのゲン』の作者で知られる中沢啓治さんが残された詩に曲をつけてくださいと中沢さんの奥さんから依頼を受けたんです。それが加藤登紀子さんに歌っていただいた「広島 愛の川」という曲。これを戦後70年という節目の年となった2015年の『ひろしまフラワーフェスティバル』のフィナーレで出演者全員で披露することになり、そのときの出演者のひとりが島谷さんだったんです。

島谷:そのあとも毎年のように8月6日に呼んでくださって。

山本:2015年以降、毎年8月6日に、原爆ドームの対岸に子どもたちを集めて「広島 愛の川」を歌うイベント(「広島 愛の川プロジェクト」)を行っているんです。コロナ禍で中止した年もありますが、広島出身の歌手の方にゲストで参加してもらっていて。島谷さんには過去5回出ていただいたんです。

島谷:そういう繋がりがあったので、山本さんにテーマソングを書いてもらうのがいいんじゃないかなって。

山本:僕もそういう流れがあったから、曲を作る機会がもしあれば全力で作ろうと思っていたんです。

――そもそも『PEACE STOCK』の構想は何年前からあったんですか?

島谷:2020年からです。実現までに3年かかりました。切って貼ったようなフェスじゃなくて地域活性化のフェスをやりたいなと、そのときから考えていたんです。私たちはピースストックプロジェクトと呼んでるんですけど、自然災害が起きたときに手助けできるようなチームを作ったり、ボランティアを募ったり、あとは子どもたちの教育や未来の発展に繋がる資金を作ったりしたいなって。そのために地元の企業をなるべく巻き込んで開催したいと考えていました。

――発起人として開催するまで大変だったんじゃないですか?

島谷:私は初めてフェスを立ち上げたので、他との違いがわからないですけど、想像するに東京発信でやるより地方の方が100倍大変です。

――スポンサー集めとか?

島谷:やっぱりエンタメに慣れているスタッフが東京には多いから。地方だと地元の企業に説明しても、「失敗が怖いし、どういう話?」ってなっちゃう。

山本:僕も間接的に「あのフェスは何なの?」みたいな空気を感じ取っていました。「誰がやろうとしているんだ?」とか、「どうやって絡めるかわからない」とか、そういう話を耳にしていたから。

山本加津彦

――開催に向けて、島谷さんが街のお偉いさんたちに直談判していったんですか?

島谷:そうです。年に半分くらい広島と東京を行ったり来たりしながら、「こういうことをやりたいんです。お願いします」って。広島では中国新聞社さんがいろいろなところと繋がっているので、昔からお世話になっている方に「こういうことをやりたいんです」って伝えに行って。

――企画書に目を通していただけませんか? と。

島谷:そうです。建設会社の方、地元企業の方、イベンターさん、県や市の関係者、全部自分で行きました。

――その企画書の時点で、『PEACE STOCK』というタイトルはついていたんですか?

島谷:ついてました。“PEACE STOCK=平和の備蓄”っていいなと思って。今回のフェスのタイトルの「78」は、戦後78年を意味しているんです。普通、初年度のタイトルには「Vol.1」とか、その年の西暦とかをつけると思うんですけど、いろんな方と「こういうことをやりたいんだ」って話している中で、今回出演してくれた氣志團の(綾小路)翔さんが「78はどう? そこからカウントアップしていけば?」ってアイデアを出してくれたんです。幸せの時間をこれから先にどれだけ長く続けていけるかっていうことをテーマにしたらどうかと言ってくれて、「それ、いただきます!」って(笑)。それで78とつけたんです。

――じゃあ、2024年の開催は「79」になるんですね。

島谷:そうです。『PEACE STOCK 79’』になります。『PEACE STOCK』は反戦運動をしたいわけじゃなくて、もっとささやかな幸せだったり、当たり前の日常だったり、私たちの先祖が豊かな国を再建してくれたことを伝えるモデルになれたらいいなと思ってるんです。だから、この活動や「PEACE STOCK」という言葉に、世界の人が注目してくれたらいいなと思っています。

――山本さんは「PEACE STOCK」という言葉からどんな印象を受けましたか?

山本:「PEACE」は広島のイベントではそんなに目新しい言葉じゃないですけど、僕も音楽を通した平和活動を広島でやっていたので、「STOCK」という言葉がいいなと思いました。今まで積み重なってきたものに、これからも重ねて蓄積していくんだっていう。点じゃなくて、先へと繋がっている。78年分というこれまでのストックがあって、さらに先に向かうのがいいなと。

島谷:バトンだと思っているんです。私たちは平和のバトンを受け取って育ってきて大人になった。今度は社会貢献だったり、未来の子どもたちを守ることだったり、そういうことを次に受け渡す使命というか責任があるんじゃないかと思っていて。だから、今回の楽曲も、最後にみんなで手を取り合って歌うとか、子どもたちの声が入っているとか、ざっくりした世界観を最初にバーッと伝えたんです。そしたら1発で、感動して泣いちゃうような楽曲が返ってきて。

山本:本当ですか?

島谷:本当ですよ。「コレで決まり。天才!」って思いましたから。

HIPPY&HITOMI PEACE STOCK 2023.11.12 NEW DIGITAL SINGLE OUT!!

「後ろめたい気持ちで広島で生活してるわけじゃなかった」(島谷)

――具体的に曲作りはどのように進めたんですか?

山本:随分前からフェスの企画書をいただいていたので、趣旨はもう理解していたんです。島谷さんの事務所の方からは「制作費とかがまだ整ってないんですけど」みたいな話があったんですけど、そんなことじゃなくて、島谷さんの思いに応えたかったので条件云々の前に1回作ってみたんです。

――まずはトラックとメロディだけ作ったんですか?

山本:土台となる歌詞は書きました。

島谷:私がいただいた段階では女性の声で仮詞が入っていて。それを聴いて感動して。今まで広島で平和活動に携わっている山本さんの思いを乗せてきてくれたので、深いところを掘ってくれたなってすごく感じたんです。

山本:あの仮詞は企画書に書いてあったHIPPYさんと島谷さんの対談にヒントをもらって書いたんですよ。僕がひとりで考えたというよりは、二人がやりたいことを1回、言葉にしてみたんです。あと、お二人が暗い感じの曲にはしたくないと。明るくて前向きな曲とおっしゃっていたんです。「広島 愛の川」で哀しみに寄り添った曲はひとつ作っていたので、僕も正反対の方で作ってみたいと思っていたから、「笑え未来」っていうテーマで書いていったんです。

島谷:HIPPYとよく話していたのが、戦争とか平和とかになるとみんなマジメになっちゃうんですよ。ちゃんと話を聞かなきゃ! みたいな。今の子どもたちは当時がわからないわけだから、そんな伝え方だと退屈じゃないですか。だったら、曲も明るい前向きなものがいいと。私たちはずっと後ろめたい気持ちで広島で生活してるわけじゃなかったし、広島の人たちはめっちゃ明るいよって。

山本:それを僕も感じていたんです。“平和のことをマジメに話されるアレルギー”みたいな。

島谷:そうなんですよ。だから、今回のメッセージも、重たく受け取らないでくださいっていう気持ちがあって。私たちにはここから先しかないんだからっていうことで明るいものにしたかったんです。

――楽曲にはイントロからハンドクラップの音が入っています。あれはどのような考えから?

山本:フェスで、みんなでやってくださいっていうことです。あれはライブ録音みたいにしたかったんですよ。

――そういう風に聴こえたんです。野外の空気を感じる音像になっていたので、実際にどこかのライブ会場で録ってきた素材を使っているのかと思いました。

山本:そこはちょっと秘密にさせてください(笑)。でも、外で録った音ではあります。ひょっとしたら今回のフェスで録った音なんじゃないか? っていうくらいの音にしたくて。

――マーチング風のドラムも印象的でした。

山本:フェスでアップテンポというと四つ打ちが多いけど、四つ打ちにしたくなかったんですよね。子どもがクラップと足踏みを鳴らしてるような感じ。楽曲の中に子どもが笑っているようなシーンは絶対必要だなと思っていたので、ああいうマーチング風なリズムの方が前面に出てくる作りにしたんです。

――あと、今回の曲はコーラスがいろんな箇所にいろんなパターンで入っていますね。

島谷:私たち以外の声も入ってますからね。

山本:今回の曲はあくまで“土台”なんです。当日のステージはこんな感じなんだろうなと想像して、島谷さんとHIPPYさんだけじゃなくて、子どもたちも並んでいるんだろうなとか。やがて地元のオーケストラも入るだろうなとか。バージョンアップしていけるための最初の土台となるものを作ろうと考えたんです。

――今後、合唱バージョンとかゴスペルバージョンも作っていけそうだなと思いました。

山本:録音物のバージョン違いを作るというよりは、この歌を披露する場所によって、この曲が違う形になっていいと考えていました。例えば海外のシンガーが参加したときに歌えそうなフレーズとか、地元の合唱団やオーケストラが、あとから現場で入れるように旋律を組んだんです。

――アウトロに子どもの笑い声を入れたアイデアは?

島谷:山本さんです。

山本:あれは〈笑え未来〉というフレーズからです。このフェスが先まで続いたときの未来の子どもたちの声をイメージして入れました。今回の制作は自由度が高かったので、その場で鳴っていそうな音、5年後にこの曲に入っていそうな音を全部入れていったんです。だからトラック数がめちゃくちゃ多くなって、エンジニアさんは大変そうでした(笑)。

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