藤あや子、亡き恩人に捧げたカバーアルバム制作秘話 中島みゆき、山口百恵、谷村新司らへの想い

藤あや子、カバーアルバムを語る

 藤あや子の6年ぶりのカバーアルバム『Ayako Fuji Cover Songs 喝彩~KASSAI~』。カバー第1弾は女性歌手、第2弾は男性歌手、そして第3弾となる今作は、中島みゆき、山口百恵、谷村新司、T-BOLAN、HY、菅田将暉など、昭和・平成・令和をまたにかけて、実に多彩な楽曲をセレクトした。

 お世話になった事務所スタッフの死という悲しみを乗り越えて制作された今作は、コロナ禍という苦境を共に乗り越えた人々に向けたレクイエムとも呼べるような、癒やしと慈しみに満ちた作品になった。意外な選曲も多く、Z世代のレトロ歌謡曲ファンも注目の、歌手・藤あや子の真骨頂を聴くことができる作品だ。(榑林史章)

数十年経って理解した猪俣公章の言葉

藤あや子
藤あや子

ーーまず、今作を制作するにいたった経緯、制作時に考えたコンセプトなど教えてください。

藤あや子(以下、藤):もともとカバーアルバムを出す予定はなかったのですが、とあるきっかけで昨年11月に出そうと決まりました。というのも私が所属している事務所の宣伝部長を務めていた、河西(成夫)さんというデビュー当時から私を担当してくれていた方がおりまして。彼が末期がんで、昨年11月の段階でこれが最後になるかもしれないということで、ソニー・ミュージックのスタッフ、私を含めた数人で食事会を開いたんです。そこで河西さんが「医者からは来年の桜は観られないだろうと言われている。だから最後に、あや子のアルバムを作りたい」とおっしゃって、「自分の葬式でそのアルバムを流してほしい」とも。河西さんは、このアルバムが完成してサンプル盤が上がった11月14日に亡くなりました。全部聴いてもらえることができて、本当に良かったです。

ーー選曲として、どこか別れを意識した曲が多いなと思っていました。

藤:選曲は、100曲以上をまず河西さんが選んで、そこからかたちにするまでにはかなりの時間を要しました。やはり闘病生活を送りながらでしたので、体調がいい時に確認してもらうというかたちでした。

ーーこのアルバムを作品として世に問う時、藤さんとしては、どんな思いで届けたいですか?

藤:ボーカル録りをしていて、昨今は世界的に戦争があったりコロナがあったりと、今まで自分たちが経験したことのなかった苦しみや悲しみ、人の痛みというものが胸に襲ってくる瞬間がありました。歌唱しながら、そうであってはいけない、人間はもっとこうあるべき、慈愛の精神を一人ひとりが持てば、こんなことは起きないだろうし、もっと平和な世の中になるんじゃないか。そんな思いを胸に抱きながらのボーカル録りでした。愛と言っても男女の愛だけではなく、本当に人間同士が思い合う、人間に限らず動物もそう、この世の生きとし生けるものを思いやる気持ちが必要だと。レコーディングをしている期間、マイクに向かっていると、そういう気持ちが浄化されていくような感覚が何度もありました。

藤あや子

ーーどの曲もどの歌も、優しく包み込んでくれているような歌唱で、苦しいことを忘れて安心して眠れそうだと思いました。そういう温かさが感じられました。

藤:ありがとうございます。35年以上歌ってきて、私はもともと猪俣公章先生の弟子なのですが、21歳で初めて猪俣先生にお会いした時、「歌は語れ。詩は歌え」とおっしゃいました。当時の私は「どういうことだろう?」と思っていたわけです。でも35年くらいキャリアを積むと、猪俣先生がおっしゃっていたことの意味も何となくわかるようになりました。また、南こうせつさんが昨年「鳥」という曲を提供してくださった時にも、「あやちゃん、もっと歌わないでほしい」と言われたんです。「歌は、歌っちゃいけないんだよ」と。「ああ、猪俣先生と同じことをおっしゃるんだな」と思って、何かがつながった感覚がありましたね。もともと私は民謡の出身ですから、ついつい民謡のこぶしが出てしまうし、歌い上げるほうが歌手にとっては楽なんです。それを歌わないで表現することは、とても難しいことなのですが、今回猪俣先生の言葉と南こうせつさんのアドバイスを受けた上で歌ったら、河西さんのこともあってか、全てがここに収まった感じがしました。

ーー腑に落ちたといいますか。

藤:はい。ストンと落ちるところに落ちて、「これか!」という感触がありました。ただその「これか!」が、非常に難しかったわけです。歌唱法とかそういうテクニックではない、歌詞からにじみ出るものや意識して作ることのできないものを、もっと自分の中から引き出していかないといけないのだと気づかされたレコーディングでした。猪俣先生のおっしゃったことの意味が、何十年とやってきてようやく少し理解できたかなと。

ーー35年前に言われた言葉が、一周してまた戻ってくるというのが感慨深いですね。

藤:収まるところに収まった。でもその分、難しさは増したんですけど、今作はいろいろな偶然や必然が重なってできた作品なので、自分の中で「まだまだ学びがあるんだな」という思いに至りました。なので難しくて苦しいという思いよりも、「うれしい」という気持ちになりました。「まだ学べる」、やれることが、まだまだたくさんあるんだと思って。

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