いきものがかり、2人で駆け抜けた2023年 アルバム『〇』で浮かびあがった“肯定”のイメージ

いきものがかり、2人で駆け抜けた2023年

 いきものがかりから10作目のオリジナルアルバム『〇』(読み:まる)が届けられた。吉岡聖恵、水野良樹の2人体制になって最初のアルバムには、「STAR」(映画『銀河鉄道の父』主題歌)、「きっと愛になる」(フジテレビ系バラエティ『坂上どうぶつ王国』テーマソング)、「うれしくて」(『映画プリキュアオールスターズF』主題歌)、「ときめき」(プリキュア20周年記念ソング・TVアニメ『キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜』オープニングテーマ)などを収録。また、世武裕子、鈴木正人、林正樹など、初めてタッグを組むアレンジャーが参加していることも本作の聴きどころだ。

 アルバムの制作エピソード、タイトル「〇」の由来などについて、吉岡、水野に聞いた。根底にあるのは、「肯定したい」という真摯な思いだ。(森朋之)

“今のいきものがかり”を詰め込めたアルバム

いきものがかり(写真=藤本孝之)

——10作目のフルアルバム『〇』が完成しました。吉岡さん、水野さんの2人体制になって最初のアルバムですが、手ごたえはどうですか?

水野良樹(以下、水野):しっかり腰を据えて、二人で向き合いながら曲を作って、歌を作って。時間をかけてアルバムを作っていくことができたと思いますね。あと、いろいろとチャレンジしたことで、過渡期のいきものがかりを見せることができたのかなと。アレンジャーでいうと、「誰か」の世武裕子さん、「HEROINE」の鈴木正人さん、「やさしく、さよなら」の林正樹さんもそうですけど、今までお世話になったことがなかった、新しく出会えた方もいるんですよ。吉岡の声のニュアンスも今までと違っていたし、ちゃんと今のいきものがかりを詰め込めたと思います。

——「しっかり二人で向き合ってアルバムを作ろう」という話もしてたんですか?

いきものがかり 水野良樹(写真=藤本孝之)
水野良樹

水野:自然とそうなった感じだよね。

吉岡聖恵(以下、吉岡):そうだね。2人体制で曲を作ることはずっとやってたんですけど、“初めまして”のアレンジャーの方もそうだし、リーダー(水野)が歌を録ってくれたことが大きかったのかなって。

水野:これまではずっと同じディレクターの方に録ってもらってたんですよ。デビュー2年目から16年くらいお世話になっていて、すべてを教えてくれた方なんですけど、その方が定年退職して。

吉岡:今回は主にリーダーがディレクションしてくれたんです。

水野:もちろんディレクターの方はいるんですけど、「アレンジャーさんと吉岡の歌声をどう繋げるか?」という橋渡しみたいなことは自分がやっていたかも。たとえば「誰か」にしても、「世武さんのサウンドに吉岡の声が乗ったらどうなるか?」というところから始まってるんですよ。「HEROINE」は生演奏の雰囲気、セッション的な感覚が大事だと思っていたから、オケ録りのときに吉岡に来てもらって、その場で仮歌を歌ってもらったり。「やさしく、さよなら」も曲を作ってる段階から「これは林さんにお願いしたい」と思ったいたし、当たり前のことなんですけど、そのあたりは丁寧にやっていましたね。

吉岡:最初はちょっと緊張しましたね。(本間昭光、亀田誠治、島田昌典、蔦谷好位置など)ずっとお世話になっている方のアレンジで歌うことが多かったので、初めての方のときはどうしても「私、大丈夫かな」と思ってしまって。でも、実際に歌ってみるとスッと入っていけたというか。もちろんいろいろ試したし、オケとボーカルのバランスのなかで「こんなふうに歌ってみようかな」ということもあったんだけど、基本的にはサウンドに身を任せて歌うことで、曲がさらに良くなっていく感じがあって。「音に導いてもらえば大丈夫」という感覚もあったし、気持ちよく歌えましたね。あと、疑問に感じたり、「どうしようかな」と思ったときに、リーダーとちゃんと相談できたのもよかったです。

水野:「やさしく、さよなら」のレコーディングのときは、ちょっと不安そうな顔をしてたけどね(笑)。でも、歌い出したらすぐに馴染んで。

吉岡:そうでした(笑)。「HEROINE」や「やさしく、さよなら」はある程度、力を抜いて歌うほうがいいと思っていて。私はもともと前のめりなタイプなので、「ちゃんと力を抜けるかな」みたいな不安があったんです。でも、素直にオケに乗せれば大丈夫だったし、ありがたかったです。

——水野さんとしても、吉岡さんに気持ちよく歌ってもらうことが……。

水野:最優先ですね!

吉岡:(笑)。

水野:吉岡はサウンドに影響を受けて歌うボーカリストだと思うんですよ。唯我独尊というか、「私の歌はこうです」と押し出すタイプではなくて、しっかり周りの音を聴いて、そのなかでいちばんおさまりがいい歌を歌う。それは頭で考えているんじゃなくて、先に体が反応しているんだと思うんですよ。

吉岡:うれしいです。

水野:そういうタイプだからこそ、新しい出会いを取り入れたほうがいいなと。そうすることで新しい表現を見つけてくれると思うし、歌のニュアンスも広がっていくはずなので。

吉岡:本当にそう。だからオケに飛び込んじゃうほうが早いんですよね。

——なるほど。今話に出ていた「誰か」は、歌詞も素晴らしいです。「新聞広告統一PRキャンペーン『新聞で紡ぐ希望のうた』」に提供された楽曲ですが、悲しい出来事が多い世界のなかで、それでも生きていく意思がしっかり描かれていて。

いきものがかり『誰か』(「新聞で紡ぐ希望のうた」テーマソング)|オリジナルムービー

水野:ありがとうございます。

吉岡:レコーディングしていて何回かウルッとしたんですけど、「誰か」もまさにそうで。

水野:新聞広告のプロジェクト(「新聞で紡ぐ希望のうた」)を立ち上げたのは新聞社の若い社員の方で、「ぜひ一緒にプレゼンに参加してほしい」みたいなところからスタートしたんです。地方新聞を含め全国73社が参加していて、全国の新聞社から“希望のうた”を贈るプロジェクトなんですが、そのなかには人から“君”と呼ばれる関係性から外れている方もいるんだろうなと思ったんです。“あなた”“君”“僕”と言い合える人がいれば、その人は関係のなかにいるわけじゃないですか。誰からも呼んでもらえない方もいるかもしれないけど、そういう孤独な人にも新聞は届くーー「誰か」には、そういうことも含めたかったんですよね。あと、この曲を作る少し前くらいに、ご自身で悲しい決断をして、去ってしまった方のニュースがいくつかあって。ご家族の方とやり取りすることもあったんですけど、そのなかで「それでも肯定するためには、どんなものが必要なんだろう?」ということを考えていたんですよね。

吉岡:そうなんだ。その話は知らなかったです。

——歌にも孤独な人をつなぎとめる力がある気がします。

吉岡:そうですよね、本当に。何ができるかわからないですけど、「誰か」という曲の持っているものがもっともっと膨らんで届けばいいなと思っていて。リーダーは、あらゆる角度から見ているし、本当にいろんなことを考えているんですよ。自分たちのこともそうだし、聴いてくれる人のこと、社会のことも見ながら曲を作っていて。私はそんなふうに考えることはできないし、感じたことをそのまま声にするほうが合ってるんですよね。だから……届けばいいなって。

水野:うん。

吉岡:普段は(楽曲を)物語として届けるというか、「こういう人もいるよね」という感じで歌うこともあるんですけど、「誰か」は自分と重なるところもあって。「どうして上手く生きられないんだろう?」って思うこともあるし、もちろん時には辛いこともあるんだけど、覚悟を持って生きていて。歌うときに、私のリアルな部分もちゃんと生きているなって思いますね。

いきものがかり 吉岡聖恵(写真=藤本孝之)
吉岡聖恵

——水野さんは歌詞について、吉岡さんに説明することはないんですか?

水野:しないですね(笑)。レコーディングのときも、ダイナミクスのつけ方とか「ここはハッキリ歌って」とか、テクニカルなことは言いますけど、気持ち的な部分は全然言わないので。

吉岡:そうだね。いろんな考えがあるし、解釈も人それぞれじゃないですか。もちろん自分の考えもあるし……(水野に対して)曲をまとめるときに、一つの答えみたいなものが必要になってきませんか?

水野:ここにもインタビュアーがいる(笑)。でも、答えは出さないかな。「どれだけいい問いを与えられるか」ということなので。

吉岡:それ、ありがたいよね。「こうです」と答えを出されると窮屈な感じがするし、聴く時期によって感じ方も違ってくるので。

——確かに。アルバムには吉岡さんが作詞・作曲した「好きをあつめたら」も収録されています。

吉岡:お、ここで私の曲の話ですか(笑)。毎回アルバムに1曲は自分の曲を入れようと思っているので、がんばって書きました。「好きをあつめたら」は、鼻歌から作りましたね。それをミュージシャンの方に渡して、一緒にスタジオに入って、コードを決めて。「ブラスも入れたいんですよね」みたいなことを話して、簡単なデモ音源を作ってもらって、いきものがかりのチームに提出しました。

——水野さん、この曲のデモを聴いたときの印象はどうでした?

吉岡:答えづらいよね(笑)?

水野:いやいや(笑)。いつもそうなんですけど、「歌ってる人は強いな」って思いましたね。僕が作るときは「このメロディ、吉岡の声にハマるだろうか?」ということを考えているし、どうしても距離感があるんです。でも吉岡自身が作る場合は、ハマり具合について考える必要がないんですよ。シンプルでストレートな言葉を乗せても説得力があるし、それはシンガーソングライターならではの強さだろうなと。

ーー確かに。鼻歌でメロディを歌ってる段階で、歌詞も乗っているんですか?

吉岡:そういう場合もあるし、後から歌詞を書く場合もあって。「好きをあつめたら」は、最初にメロディを作って、歌詞は後ですね。「ROPÉ PICNIC」のイメージソングのお話をいただいて。「新しい服を着たときに、いつもより積極的になれる」とか「外に出て人に会いたくなる」「前向きな気持ちになる」というテーマをお聞きしたんですけど、私にももちろん、そういう経験があって。歌詞についても奇を衒うことなく書けましたね。

【いきものがかり書き下ろし楽曲使用】ROPE' PICNIC 2023AW「世界は変わる。色を着れば。」篇 CM120秒

——自分に引き寄せられるテーマだったと。

吉岡:そうそう。すごく素直に書いちゃいました。

水野:ストレートな歌詞なんだけど、僕とはストレートの種類が違うというか。「好きをあつめたら」みたいな歌詞は僕には書けないし、メロディと言葉のハマり具体もすごくよくて。仮歌を自分のスタジオで録ったんですけど、その時点で「なるほど、ハマってるな」と思って。

吉岡:そうなんだ。

水野:うん。しっかり寸法が合ってる感じがあって。

吉岡:よかった(笑)。曲を作っていて、「この言葉は違うな」ってすぐにわかるし、そこまで深く考えなくても「これだな」という言葉を選べるというか。さっき話したようにリーダーは思慮深く曲を作ってるじゃないですか。そういう人を近いところで見てきたので、同じようにはできないというか、絶対に真似できないんですよ。あとアルバム全体を見たときに、彩りとして(「好きをあつめたら」のような)スコーンと抜けていく曲があってもいいのかなって。

——「声」と「好きをあつめたら」が入ってることで、アルバム全体のテンションが上がっているというか。

吉岡:そうですね。「声」もすごく元気な曲なので。

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