藤あや子、亡き恩人に捧げたカバーアルバム制作秘話 中島みゆき、山口百恵、谷村新司らへの想い
山口百恵さんが引退される悲しみがこの歌に集約されている
ーーまた、菅田将暉さんの「さよならエレジー」も、藤さんが選ばれたと。
藤:作詞・作曲の石崎ひゅーいくんが大好きで、ぜひにと選ばせていただきました。ひゅーいくんのライブに行かせていただいた時、「この曲はいつか絶対歌うからね」と言ったら、「ぜひ歌ってください」とあの雰囲気で言ってくださっていて。でも今回歌ったことはまだ知らせていないので、後でお伝えしようかなと。
ーーどういう感想をもらえるのか気になりますね。
藤:ドキドキです(笑)。この曲ってすごく王道で、ひゅーいくんもご両親がデヴィッド・ボウイを好きだったり、彼自身の内面はロッカーなんです。でもどこかフォークやポップスのニュアンスもあって、柔らかさがあって。その中でもこの「さよならエレジー」はめちゃくちゃロックな曲だけれど、好きな子にフラれてもまだ好きでいるという、女々しい部分がすごくあって。ひゅーいくんの曲にはそういう人間くささがあって、そこがとても好きです。格好つけていないというか、ドロドロした部分を見せていて。
ーー中島みゆきさんしかり、藤さんご自身そういうドロドロがお好きなのですね。
藤:私は結構ドロドロとか暗い歌がすごく好きです(笑)。根がこうだから、ついついそういう歌に惹かれて、私がセレクトすると暗い歌ばかりになってしまうんです。HYさんの「366日」もそうですよね(笑)。「366日」はレンジが広くて、とても苦労しましたけど。
ーー先ほどお好きだとおっしゃっていた山口百恵さんの、「さよならの向う側」もカバーされています。
藤:ちゃんと歌ったらすごく難しい歌で、さすが百恵さんだと思いました。百恵さんは二十歳そこそこでこの曲を歌われたのですが、完成されすぎていて、「私はこんな風には歌えない、絶対ムリ」って思いました。サラッと歌っているように聴こえるんですけど、ビブラートの揺れがどことなくこぶしっぽかったりとか、そういう歌心を持っていらっしゃるんですよね。
ーーサビの大半が英語というのも、当時は斬新だったように思います。
藤:今回は忠実にと思って、その英語も百恵さんの発音に寄せて歌ったのですが、難しくてとても苦労しました。「そういう歌い方をしているのか!」という発見がいくつもありました。
ーー百恵さんのラストシングルの曲でもあったので、さよならの代わりに感謝を伝えた曲です。
藤:百恵さんが引退される悲しみがこの歌に集約されていて、当時この歌を聴いてどれだけ泣いたかしれません。「百恵さんずるい! 行かないで!」と思いました。百恵さんの引退コンサートでは、この曲を歌って白いマイクを置くんですよ。それで私も今、白いマイクを使っています。それくらい影響を受けました。
ーーアン・ルイスさんの「グッド・マイ・ラブ」では、セリフも聴かせています。
藤:そういうの、入り込まないと照れくさいですよね(笑)。私もプロですからきっちりやっていますけど、内心は「早く終われ」って思いながら録っていました。やはり35年もやっていますから、ストンと入り込めるんです。私、カバーに限らずですけど、ボーカル録りの本番まで声を出して練習することを一切しないんです。だからスタジオに入って、テストで歌う一発目の声が、自分でも初めて聴く自分の歌なんです。そのテストを自分で聴いて、修正箇所などをチェックして本番に挑みます。なので今作の制作は、毎回スタジオに行ってテストで歌うたびに、「こういう歌だったのか!」と驚きの連続でした。T-BOLANの「離したくはない」は、「ここまでキーが高いのか!」みたいな。もちろんサビが高いのは承知していましたけど、AメロBメロが特に難しくて。現場でそれをどう攻略していくかが楽しいから、歌い込んでいくとつまらないんです。自分がワクワクしない。だからドキドキしながら歌って、「ちょっとそこは違います」と指摘されるくらいのほうが、すごく新鮮に歌えるんですね。練習すると慣れた歌い方になってしまったり、その歌に飽きちゃったりするんです。私のポリシーで全く練習しないという(笑)。
ーーそれはもう、藤さんの歌というものが完成されているからできる芸当です。でも「離したくはない」は、どこがそんなに難しかったのですか?
藤:曲の作りがすごく新鮮でしたね。ヒットした当時、サビは知っていたのですが、全部はちゃんと聴いたことがなくて。でも「すごくいい歌じゃない!」と思って、歌ったあとはスカッとしました。「ロックの曲だけでライブができそうだな」って(笑)。最初は「難しいな」と思って、ちょっと尻込みしていたんですけど、「河西さんからのリクエストだからがんばらなきゃ」と思って歌ったら、めっちゃ好きになってしまって。そういうことって、あるんですよね。苦手だなと思っていた男性を、気づいたら好きになっていたような気持ちです(笑)。歌との出会いは希有なものです。
ーー全体的に、歌声や歌い回しも演歌とは違うベクトルで、幅広い世代に心地よく聴いてもらえる作品になりました。
藤:はい。学生時代は山口百恵さんや中島みゆきさんで育っていますし、演歌と民謡は21歳から学んだので、もともと根底にあるのは歌謡曲やJ-POPなんです。でも演歌と民謡で学んだこぶしの技術は、いろんなところに活かすことができると思っていて。演歌・民謡を学ばなかった私が歌うJ-POPと、演歌・民謡を学んでキャリアを積んできた今の私が歌うJ-POPは、全く違ったものになっていると思います。いろんな味付けが施されていて、より美味しくなっているんじゃないかと。
ーー今作は昭和・平成・令和、全時代の名曲が入っています。時代は異なれど、違和感なくどの曲も同じように聴くことができる。名曲に時代は関係ない。
藤:そうですね。何となく上手くまとまりましたね。『喝彩』というタイトルにふさわしい曲が揃いました。それも100曲以上あった中から、よくぞまとまったなと思います。今回選ばれなかった曲の中には、私も知らなかった「いつの時代?」と思う曲もあって、戦後間もない時代の曲とか、本当に幅広くて。河西さんはもともと渡辺プロダクションにいらっしゃった方で、一番芸能界がギラギラしていた時代を生きてきた方なので、さすがだなと思いました。
ーー今回の楽曲は、今後コンサートで歌う予定はありますか?
藤:ぜひ歌いたいと思っています。ジャケット写真にも注目していただきたいのですが、ライブハウスで歌っているみたいな雰囲気で、いいと思いませんか? 実際はスタジオで撮影したのですが、この雰囲気をぜひどこかで再現してみたいです。せっかくアルバムとしてかたちにできたので、来年以降どこかで披露する機会を設けていきたいなと思います。
ーージャケットでは、ギターを持っていらっしゃいますけど。
藤:今「さよならエレジー」を弾きながら歌いたいと思って、先生について練習しているんです。でも人前で弾くにはもう少し練習が必要なので、「さよならエレジー」を歌う時は、ひゅーいくんに隣で弾いてもらおうかな(笑)。先日も番組で「海鳴り」を歌わせていただいて、今後も歌番組でアルバムの曲を歌うチャンスがありますので、それも楽しみにしていてほしいです。
ーー今年最後のリリースですけど、2023年を振り返ってどんな年でしたか?
藤:これで「やり終えた」ではなく、「これがスタートだ」と思っています。歌手・藤あや子としての、これからの在り方というか。もちろん王道の演歌歌手・藤あや子としても活動しますけど、こういう作品を残していくことも自分には必要だなと感じました。カバーは3作目ですけど、河西さんが私に歌ってほしいと残してくれた100曲以上がまだ、たくさん残っています。今回限りではなく、歌手として今後もこれをライフワーク的に楽しみながら歌っていけたらと。「こんな曲を歌うんだ!」という新鮮な驚きを与える、常にフレッシュな藤あや子であり続けたいので。
■リリース情報
藤あや子『Ayako Fuji Cover Songs 喝彩~KASSAI~』
12月20日(水)発売
価格:¥3.200(税込)
Produced by Shigeo Kasai
<収録曲>
1 街の灯り
2 ハリウッド・スキャンダル
3 グッド・バイ・マイ・ラブ
4 さよならエレジー
5 366日
6 冬のリヴィエラ
7 離したくはない
8 見上げてごらん夜の星を
9 海鳴り
10 さよならの向う側
11 Far away
12 あなた
13 喝采