丘みどり、アイドルからジャズまで演歌を超えた扉を開く リサイタル『演魅』へ懸ける思い
今年2月、オペラの『椿姫』をモチーフに、和のテイストに落とし込んだ「椿姫咲いた」をリリースし、新たな演歌の世界を提唱した丘みどり。4月には東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)にて『丘みどり リサイタル2023~演魅Vol.4~』を開催し、演歌だけでなくジャズやアイドルのカバーも披露するなど、次々と新しいチャレンジに取り組み、演歌/歌謡曲の新たな扉を開いた。このたびそのコンサートが、映像作品およびCDとしてリリースされたということで、ステージを振り返りながら、丘みどりの新たなチャレンジを紐解いていく。(榑林 史章)
新たな挑戦を詰め込んだリサイタル『演魅』
――『丘みどり リサイタル2023~演魅Vol.4~』の開催から半年、率直にどんなコンサートでしたか?
丘みどり(以下、丘):『演魅』とついたコンサートは4回目なのですが、今回がいちばん大変でした。覚えなくちゃいけないことが今まで以上に多くて、本番までに間に合うかという緊張感もありましたけど、最終的にはしっかりやり切ることができたと思います。
――いつもステージに立つ時は、どんな気持ちなのでしょうか?
丘:年に一度行っている『リサイタル』とついたコンサートは、通常のコンサートとは異なって内容も特別で、まったく同じ内容で開催することは二度とありません。それだけに思いは特別ですし、不安もたくさんあるなかで、「去年よりもよかった!」と言ってもらいたいという気持ちで、いつも気合いを入れて立っています。
――『リサイタル』は、毎年新しいチャレンジをしていて、どんどんハードルが上がっていそうです。
丘:上がっていますね(笑)。ファンの方からも「こういうのはどう?」「ジャズを歌ったほうがいいんじゃないか」など、さまざまなアイデアをいただくんです。今回の『リサイタル』でジャズ/シャンソンを歌うコーナーを設けたのも、ファンの皆さんの声に応えたかたちです。なので、特にファンの皆さんと一緒に作り上げているという感覚が強いですね。
――こうやって映像作品として『リサイタル』の模様を観ると、立ち姿や表情など細かいところまで観ることができて、あらためて丘さんの所作や歌う姿の美しさを感じました。
丘:ありがとうございます。一つひとつの動きに意味があって計算されているので、細かく観ていただけたらうれしいです。動きは、すべて花柳糸之社中の花柳糸之先生の指導で、たとえば「雨のなごり坂」では傘を使うのですが、傘の柄のどの部分を持つときれいに見えるか、どの角度が最も美しいか、向きを変えた時の見え方など、細かく指導していただいています。それをすべて覚えるのも大変でした。
――「紙の鶴」の時は、最前列のお客さんに折り鶴をプレゼントされていて。
丘:この曲では、毎回最前列の真ん中に座っていらっしゃる方に、日付とサインを書いた折り鶴を手渡しするのが恒例なんです。でもたまに歌わない時もあって、そういう時は「奇跡的に最前列の真ん中に座れたのに、歌わんのか〜い!」って(笑)。
――もらった方は、大事に飾っているんでしょうね。
丘:フィギュアを飾るようなガラスのケースに入れて、飾ってくださっている写真をSNSで見たことがあります。
――折り鶴と言えば、客席に折り鶴を隠しておくサプライズもありました。
丘:本当はバズーカ砲でサインボールを2階席まで飛ばす予定だったのですが、お客さんがボールをキャッチしようとして身を乗り出したりしたら危ないということで、そのかわりに本番の2時間前くらいに急遽折り鶴を折って、客席に隠したんです。MCで「肘掛けの裏に隠してありますよ」って言ったんですけど、気づいていない方もいらっしゃって(笑)。
――「紙の鶴」のリリースイベントで、折り鶴の早折り大会をやったことがありましたね。
丘:ありましたね。あの時は40秒台で折れるまでになりましたけど、さすがに今はそんなに早く折れなかったです(笑)。それでもたくさん折りましたよ。20〜30羽くらい、本番直前までずっと鶴を折っていました。
――MCでは、お客さんとのコミュニケーションが印象的でした。
丘:ようやく声が出せるようになって、いろいろな声をかけていただいて嬉しかったです。「かわいいよ〜」とか「元気だよ〜」とか。今まではそういう声をまったく出せなくて、寂しいなと思っていて。今回の『リサイタル』ではそれが復活したので、テンションも上がってより気合いが入りましたね。
――やっぱり、お客さんの声援は力になりますか?
丘:めちゃくちゃなります。拍手だけでも嬉しいですけど、お客さんの声出しのなかった時期はトークで「あまりウケていないみたいだけど大丈夫かな?」と思う時もあって。やっぱり「そうだよね〜」など声をかけてもらったり、声を出して笑ってもらったりすると安心しますね。
――「紙の鶴」をはじめ、「鳰の湖」「佐渡の夕笛」と、『NHK紅白歌合戦』で歌った楽曲を連続で歌ったコーナーでは、MCで『紅白歌合戦』への思いなども語られていてジーンときました。
丘:『紅白歌合戦』で歌ったあの3曲は、どれも皆さんから熱く応援していただいて。より思い入れの強い楽曲なので、感謝の気持ちを込めて歌わせていただきました。きっと客席の皆さんも、温かい気持ちで聴いてくださっていたと思います。
――その後、美空ひばりさんのコーナーでは、女剣士となって「剣ひとすじ」「一匹道中」「人生一路」の3曲を殺陣と共に披露しました。
丘:今までも美空ひばりさんの楽曲を歌うコーナーはあったのですが、今回はまるっと楽曲を変えて歌わせていただきました。このコーナーは花柳先生の思い入れもとても強く、今回は女剣士でいこうということで、3曲とも先生が選んでくださいました。花柳先生と出会ってから、「とにかくこれを聴きなさい」と、美空ひばりさんのCDをたくさんいただいて。この8年くらいかけて歌をたくさん覚えました。なかでも「一匹道中」は隠れた名曲として、あまり歌われている方もいらっしゃらないと思うので、新鮮に聴いていただけたのではないかと思います。
――ああいった女剣士の所作も花柳先生が?
丘:はい。殺陣は殺陣で別の先生がいらっしゃって、構えや動きを教えていただくのですが、歌っている時の立ち居振る舞いや表情などは花柳先生に教わっています。美空ひばりさんのカバーコーナーの次が、ジャズ/シャンソンのコーナーになるので、そのギャップも楽しんでいただけたと思います。
――ジャズ/シャンソンのコーナーでは、スウィングジャズの「A列車で行こう」やミディアムバラードの「虹の彼方に」など、名曲がずらりと並びました。最初に「ジャズを歌ってほしい」とお客さんの要望があったと話されていましたね。
丘:はい。そういう意見をたくさんいただいて、それが今回初めて叶いました。お客さんのなかには、私をきっかけに演歌/歌謡曲を聴くようになったけれど、それまではジャズしか聴いていなかったという方も結構いらっしゃって。お酒を飲みながらジャズを聴くのが癒やしだと。だから「みどりちゃんがジャズを歌ってくれたら嬉しい」と言ってくださる方が多くて、「そのうちチャレンジするので待っていてくださいね」ってずっと言っていたんです。
――ジャズを歌うのは、ハードルが高かったですか?
丘:そうですね。まったくやったことのないジャンルですし、その前に美空ひばりさんコーナーを設けたり、やりたいことがたくさんあったので、先延ばしになってしまっていて。今回は皆さんへの恩返しの気持ちも込めて、チャレンジしようということでこのコーナーを作りました。
――実際にジャズ/シャンソンをステージで歌われてどうでしたか?
丘:ジャズは番組で歌ったことがあるという程度だったのですが、英語の歌詞を歌うことに慣れてなさすぎて、最初は英語に苦戦しました。私は、プロンプター(歌詞を映し出す機械)を置かないというこだわりを持っていて、歌詞は全部暗記してステージに臨むのですが、英語はなかなか覚えられなくて。すごく苦労したけれど、本番では間違えずに歌えたのでよかったです。
――シャンソンの「雪」から「傷心」「かもめの街」は、歌いながら涙が流れて、女優魂みたいなものを感じました。そういう演出だったのですか?
丘:「ここで泣いてください」という決められた演出ではなく、気持ちが入って自然と涙が流れました。これまでも歌いながら涙がこぼれてしまったことはあったのですが、「ここで泣いてやるぜ!」というふうに考えたことは一度もなくて。でも、遠くの席からだとあまりわからないらしくて、映像を観て「あの曲の時に泣いていたんだね!」って言っていただくこともあります。
――街灯やベンチのセットも雰囲気がありました。
丘:観てくださっている方が世界観に入りやすいように、と思って。悲恋の物語が歌われていて、恋に破れて泣き崩れるんですけど、その後にちょっとやさぐれて、最後の「かもめの街」で「こんなこともあったな〜」みたいなイメージで海を眺めるといったストーリーです。