連載『lit!』第80回:King Gnu、オリヴィア・ロドリゴ、boygenius……2023年ベストロックアルバム5選

オリヴィア・ロドリゴ『Guts』

 2021年にリリースした『Sour』の大ヒットによって高まった期待を鮮やかに超えてみせた最新作『Guts』。『第66回グラミー賞』のロックソング部門に、The Rolling StonesとFoo Fighters、Queens Of The Stone Ageに並ぶ形でノミネートされたのが、この後に紹介するboygenius、そして『Guts』の大ヒットによって再びシーンを席巻したオリヴィア・ロドリゴであった。また、主要部門における存在感も目覚ましく、2023年を代表するロックアイコンが同時に時代のトップスターでもあったという事実を、まずはしっかりと書き記しておきたい。『Guts』は、ポップパンクをはじめ、エモ、グランジ、インディーロックといった90年代以降のロックを聴き込んできた彼女自身の体験を色濃く反映した作品だ。そして彼女の繊細な感性、その感情の機微を過不足なく、時にドラマチックに描き出す卓越した歌唱力を通してオリヴィア自身のリアルな心境を克明に刻んだ、記名性の高い作品でもある。

Olivia Rodrigo - vampire (Official Video)

 特筆すべきは、言葉の力。2020年代を生きる20歳のひとりの女性が胸に抱く悲喜交々の感情。それは決して、過去のロック作品からトレースしようもない彼女自身の等身大の表現であり、各曲を通してさまざまなロックのサブジャンルを軽やかに往来しながらも、決して散漫な印象を与えないのは、オリヴィアのエモーションが揺るがぬ軸として貫かれているからこそだろう。今作が近年のリバイバルムーブメントの文脈で消費されない強烈な存在感を放つ理由は、まさにそこにあると思う。

boygenius『the record』

 『第66回グラミー賞』のノミネーション作品を見てみると、アルバム賞、レコード賞、楽曲賞の主要3部門における8枠中7枠が女性アーティストが占める結果となった。そのラインナップが物語っているように、2023年は女性アーティスト、またクィアアーティストが時代の価値観の大きな変化の流れのなかでフェアに評価されつつあることを象徴する年であり、特にロックという文脈において言えば、先に紹介したオリヴィア・ロドリゴと並んで大きな注目と支持を集めたのが、USインディーシーンを代表するスーパーグループ boygeniusだった。

boygenius – Not Strong Enough (official music video)

 フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・ダッカスという3人のシンガーシングライターによって結成されたboygeniusは、今年の3月に初のフルアルバム『the record』をリリース。彼女たちは、自分たちの出自であるインディーロックという脈々と続く表現を、それぞれの感性を調和的なムードのなかで重ね合わせながら、2020年代のシーンにフィットする形へと鮮やかにアップデートしてみせた。それだけではなく、インディーシーンを遥かに超えて、瞬く間にしてメインストリームを席巻。10月には、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンへと辿り着いた。たおやかでありながら、時に激しく昂るロックサウンドに乗せて歌われるのは、女性やクィア(3人はそれぞれがクィアであることを公言している)が抑圧された世界に対する苦悩や葛藤。boygeniusのライブで巻き起こる大合唱は、まさに不条理な世界/時代に対する反抗声明であり、そうしたメッセージの強度こそが、今、彼女たちのロックが世界で強く希求されている大きな理由のひとつなのだと思う。

Måneskin『RUSH!』

 『Eurovision Song Contest 2021』の優勝を契機として一気に全世界的なブレイクを果たして以降、怒涛の勢いで2022年を駆け抜け、今や“ロックの救世主”として各国のロックリスナーからの熱い期待を一身に引き受ける存在となったMåneskin。彼らが今年の年明けにリリースしたアルバム『RUSH!』は、4人の自由な発想やジャンルレスなマインド、そしてそれらを的確に表現する確固たるスキルが美しく結実したバラエティ豊かなロックアルバムとなった。ハードロック/メタル/ハードコア/パンクをはじめ、今作が内包するジャンルは多岐にわたるが、だからと言って単なる過去のロック史へのオマージュ集になっているわけではない。今を生きるリスナーを熱狂させるために理知的にチューニングされたMåneskin流ミクスチャーロックの数々は、最新のモダンポップスとしての響きと輝きを帯びていて、それこそが彼らが“ブレイクを果たした新世代ロックバンド”という域を遥かに超えて、時代のポップアイコンとも呼ぶべき存在になり得た理由なのだと思う。

Måneskin - GOSSIP ft. Tom Morello

 なお筆者は、先日の2度目の来日公演を東京ガーデンシアターで観たが、前作以上に多彩さを増した『RUSH!』の楽曲の数々を完全に血肉化したパフォーマンスに圧倒された。今回のツアーを更なる推進力として、Måneskin旋風は2024年へと続いていく。これからもロックの新しい王道を切り開き続けていく彼らと同じ時代を生き、次々とリリースされるであろう新曲を聴けることは、2020年代のロックリスナーの最高の特権にほかならないとあらためて強く思う。

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