日食なつこはなぜ特殊な会場でライブを行うのか 全国の“植物園”を巡るツアーで得た人生初の音楽体験

日食なつこ『花鳥域』を振り返る

未来のシンガーソングライターに向けた布石

日食なつこ『花鳥域』新潟公演(いくとぴあ食花 花とみどりの展示館)
『花鳥域』新潟公演(いくとぴあ食花 新潟市食育・花育センター)

ーー全編弾き語りのライブを聴いて印象に残ったのは、日食さんが弾く左手のフレーズでした。

日食:元々バンドでベースを弾きたいと思っていたんです。それでベースラインを追いかけて半音引っ掛けてみたり、あえてベースでメロを取らせたりするのが好きで、自然と左手はそっちに走りますね。なので弾き語りでピアノを聴くと、結構そこが抜けて聴こえてくるんだと思います。

ーーなるほど。

日食:バンドアレンジを入れると、どうしてもベースはベーシストに委ねちゃいますけど、久方ぶりにピアノソロでツアーができたので。普段ベースはこんなことをやっているんだぜって、そういうところも聴かせることができました。

ーーそこにも演者としての矜持が出ているように思います。

日食:だといいですね。今の時代、打ち込みを使えば簡単に盛れるじゃないですか。でも、それを取り外して考えた時、たとえばライブ会場でいきなり停電になった時にも、私はピアノと声だけあれば同じようにやれますよって。それはずっと持っていたいことですね。

ーー「やえ」を最後に演奏したのには、何か理由があるんですか?

日食:ストーリーを考えてセットリストを組んだんですけど、ちょいちょい過去曲を挟みつつ、「やえ」以外はアルバムの曲順そのままなんですよ。だからアルバムの雰囲気を網羅しつつ、最後に「蜃気楼ガール」と過去曲の「真夏のダイナソー」が来て、夏を迎えて華々しく終わる。と思ったら、その後に悲しくてやりきれない春の「やえ」が来るという。このコンセプト? を塩味でしめて終わるという、そういうストーリーを考えていました。

日食なつこ『花鳥域』静岡公演 オフショット
『花鳥域』アザーカット

ーー何度聴いても良い曲だなと思います。リリースから少し時間が経って、こうしてライブで演奏していく中で、ご自身にとってどんな曲になっていると思いますか?

日食:正直、「やえ」は過去の曲になりましたね。私小説みたいな曲なんですけど、これを書くに至ったいろんな経緯も、ツアーを経ていくことですっかり過去になっていく。そうやって私に対する「やえ」の役割は終わっていって、あとはもうお客さんに聴いてもらう曲。同じような状況に陥っている人がいたら使ってください、という曲ですね。

ーー今回のボタニカルツアーをはじめ、日食さんは今後も新しいことをどんどんやっていくんじゃないかと思っているのですが、ご自身の活動の中で今年が1つの節目であるような感覚があるんですか?

日食:そうですね。来年に15周年を迎えるので、そこで面白いことをするためにいろいろ試し打ちをしている段階です。

ーー15年やってきて、自分の音楽のどこが一番変わったと思いますか?

日食:そうですね……単純に明るくなった気がします(笑)。

ーー(笑)。

日食:昔書いていたもの、たとえば『はなよど』の中にある「ライオンヘッド」は、17か18歳の時に書いた曲なんですけど、あの頃の曲というのはいい意味でも今書こうとしても絶対に書けない。その歴史の変遷というか、地下から徐々に登ってきて、今ようやく地上で太陽の光を楽しめる状態になっているかなと思います。

ーー日食さんのキャリアは、地べたから始まっているんですね。

日食:地べたのさらに下、ですかね。

日食なつこ『花鳥域』大阪公演(咲くやこの花館 フラワーホール)
『花鳥域』大阪公演(咲くやこの花館 フラワーホール)

ーー何故そういう精神状態だったんですか?

日食:よくある青春の悩みですね。友達関係とか、自分の家庭だとか、そういうものがいろいろ積み重なってきて、ちょっといやだなって思う時期が17歳くらいの頃で。それが日食なつこと名乗る始まりです。なので日食なつこが始まった起源というのは、自分自身をリカバリーするための、もう一つの自分の形だったんですね。で、そのリカバリーという目的はとうの昔に果たしているので、そこからは広がるだけ、どこまでも行けるところまで行ってくれ、という状態です。

ーー日食さんは過去に喫茶店でもツアーもやられているじゃないですか。

日食:そうですね。喫茶店ツアー、寺ツアー、歴史的建造物ツアー、そして今回のボタニカルツアーですね。

ーー何故そんなにも特殊な環境で音楽をやろうと思うんですか?

日食:逆に行かない理由がないというか。バンドやグループのように人数が多いと、そういうところには行けないと思うので。何故そこをソロのアーティストが攻めないんですか? という感じです。ソロの身軽さ、どこにでも行けるフットワークの軽さというのを最大限活かしてこそ、お客さんへのサービスにもなるのかなって思います。それに思いがけない場所にピアノがあるっていうワクワクは、自分の中でも一番にあるものなんですよね。ふと入った店にピアノがあったりすると、そこでライブをする想像を始めちゃいますし、それを体現していくことが、私のやるべきことなんだろうなって思います。

日食なつこ『花鳥域』大阪公演(咲くやこの花館 フラワーホール)
『花鳥域』アザーカット

ーーだからいろんなステージを開拓していくと。

日食:確かに開拓していくイメージですね。おこがましい話ですけど、若い世代のピアノ弾き語りやソロのシンガーが、将来ライブハウスやホール以外の場所で何かをやろうとした時に、「10年前に日食なつこという人が1回やったことあるらしい」ってなると、その会場を回ろうかなと思うかもしれないですよね。私が布石を打っておくことで、先の世代のシンガーソングライターも、選択肢に入れやすくなるのかなって。

日食なつこ『花鳥域』島根公演 オフショット
『花鳥域』アザーカット

ーー今回のボタニカルツアーのような、普段音楽が鳴らない場所との関わり方、その方法や可能性を探っていることも期待しています。

日食:地元のライブハウスの店長さんも、同じようなことを言っていました。音楽単体で考えるのではなくて、これからはカルチャーとして、複数のものを巻き込んで音楽を展開をしていかないと大変なんじゃないかと。それで今回のツアーではSNSを頑張ってみたり、普段はライブをやらない場所を選んで、その会場ごとの音楽として複合的な見せ方をしていく。そういう風に考えないといかないと、広まっていかないのかなって思います。

ーーファンの人にとって新鮮なのはもちろん、普段は音楽との接点が少ない人に、「こんなところでライブをする人がいるんだ」と思ってもらうだけでも意義があると思います。

日食:地元の人やその施設に行き慣れてる人にも、気づいてもらえたらいいですよね。子供連れで来ている人もいますし、「こんなところでライブをやる人がいるんだ」って認知してもらえるだけでも、将来何かになるかもしれない。今回のツアーで、そういう種まきはできたかなと思います。

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