日食なつこ、制作スタイルの変化が導く次なるフェーズ 新作『はなよど』から辿るクリエイティブへの姿勢

日食なつこ、クリエイティブへの姿勢

 日食なつこの音楽は心の繊細な部分を刺激し、深いところに染み込んでいく。「春」をテーマに書いたという新作『はなよど』。そこには悲しみや憂いを含んだ7つの物語ーーいわば曇天の春とも言うべき、陰りのある情景が綴られている。彼女は「私にとっての春は出会いではなく別れの季節」と言うが、暗いところを丁寧に描くソングライティングこそ真骨頂だろう。「やえ」の侘しくも抒情的な旋律、ストリングスに背中を押されて歌う美しいメロディは、本作の中でも際立っているように思う。

 シンガポールのSobsをゲストに迎えた「ダム底の春 feat. Sobs」や、昨年共にツアーを周ったLA SEÑASが参加する「ライオンヘッド」をはじめ、多数のアレンジャーを招いた色とりどりの作風も耳に楽しい。ここ数年で制作に対する姿勢が変わったという彼女だが、先日行われたライブでは初めてハンドマイクでの歌も披露したように、今まさにその表現は拡張・更新されている最中なのである。収録された7曲のエピソードを辿りながら、現在のクリエイティブについて話を聞いた。(黒田隆太朗)

自立した音楽をするために自立した生き方を

ーー「春」をテーマに作品を作ろうと思った理由はなんですか。

日食なつこ(以下、日食):春をコンセプトにしようとしたというよりかは、「日食なつこザ・恋愛ソング集」というものがあってもいいんじゃないかと思いまして。どこかのタイミングで私が一番やらなさそうなことを、外し的にやっても面白いんじゃないかと思っていたんですよね。

 それと『はなよど』の前にフルアルバムを2枚(『アンチ・フリーズ』、『ミメーシス』)出していたんですけど、その2連作が結構力の入った硬質な作品だったので、柔らかい作品があってもいいんじゃないかなと。それで春というコンセプトで作っていきました。

ーー「一番やらなそうなこと」をやってみて、新しく発見できたことはありますか?

日食:ピアノの弾き語りにバンドが加わるというのが、みんなが知っている日食なつこのスタイルだと思うんですけど。そこではセンターに日食なつこがいて、そのバックにオケがあるという見え方だったと思うんですよね。でも、今作だと日食なつこと横並びでみんなが同じ場所にいる、というキャラ作りをしています。コロナ禍で制作環境がガラッと変わったことで、音楽へのアプローチの仕方も大きく変わっていって。いろんなジャンルに手を出せるようになったことが、姿勢として変わったところだと思います。

ーー「やえ」は素晴らしいですね。詩情豊かな美しい曲だと思います。

日食:東京にいる時に作った曲です。

ーーそれは引っ越す前ということですか?

日食:それは秘密にしておきます(笑)。「やえ」はプライベートにぴったりくっついている曲なので、あえてぼやかしておきたいかなと。まあ、こういうことがありましたよっていう素直な曲なんですよね。本当に何もひねっていない、記録するようにその時見えたものをバーっと羅列していったらできた曲です。

ーーメロディには合唱曲のような雰囲気も感じます。

日食:それは無意識下にあるかもしれないです。高校に入って1年だけ合唱部に所属していて、その時に春の歌を死ぬほど歌わされたので。春を歌おうとすると、どうしてもそれが出てきているところはあるかもしれません。

ーーアレンジは佐藤五魚さんが担当されていますね。

日食:五魚さんには昔からいろんな曲のアレンジでお世話になっていて、弦楽アレンジをお願いすることが多かったんですよね。この曲ではストレート弦楽アレンジをイメージしたので、馴染みの五魚さんにお願いするのがいいんじゃないかと思いました。

ーーそれはストリングスが恋愛の曲に合うと思ったからですか? それとも、別れの歌にハマるイメージだったということでしょうか?

日食:別れのイメージが近いと思います。弦楽器は鳴っているだけで物凄くドラマチックになりますし、映画音楽とかですごく威力を発揮する楽器だと思うので、ちょっとオーバーすぎるくらいに行き切りたい時に弦楽隊を呼びたいんです。「やえ」はサビの歌詞をつけていないスキャット部分に、言葉にできない感情をそのまま音にしている強さを感じていて、アレンジもそういうところとリンクした音になったかなと思います。

日食なつこ - 'やえ' Official Music Video

ーー先行配信された「ダム底の春 feat.Sobs」ですが、Sobsとのコラボに驚きました。

日食:数年前にファンの方に教えていただいた、日本のBearwearというバンドを好きになって。彼らは本当に曲ごとにキャラクターが変わっていく、いろんなアーティストたちが参加するオムニバス集みたいなアルバムの作り方をする方なんですけど。2曲ほどすごく声の良いゲストボーカルが入っているものがあって、調べてみたらSobsのセリーヌ・オータムさんでした。で、これまでにもアジア圏のトラックメイカーやアーティストとのコラボをしてきて、今作でも1曲やってみようという話になったので、私の希望でSobsを挙げました。

ーー弾き語りの音源を送ったんですか?

日食:そうです。自宅で録った弾き語りのデモをSobsの方に送りました。

ーーフィーチャリングしたことで変わったところはどこだと思いますか?

日食:“ドポップ”になったと思います(笑)。そういうポップさは日食の引き出しにはない音だと思いますし、実際に第一稿のデモが返ってきた時には、まさに日食じゃないサウンドが来た! と思いました。

ーーSobsのサウンドはキラキラしていますよね。

日食:Sobsの持っているドリーミーさが、「ダム底の春 feat. Sobs」には出ていますね。それに聴き進めていくと不思議と歌詞との馴染みが良いんです。ものすごく悲しいことを歌っているんだけど、それをポップに歌うというチグハグさが絶妙な味を出していて、これは良いコラボになったなと思いました。

ーー頭の2曲は特にそうですが、悲恋にスポットが当たっている曲が多いですよね。

日食:私の春のイメージって、出会いではなく別れの季節なんです。卒業しちゃった先輩とか、もやもやしたままお別れしちゃった友達を思い出しながら、4月5月の新生活を迎えてもまだ引きずっている。私にとっての春はそういう暗いものかなって思います。

ーー確かに寂寞感や孤独感が音に出ていますね。

日食:なのでSobsが明るくしてくれてなかったら、結構悲惨なアルバムになっていたかもしれないですね(笑)。

ーー3曲目の「夕闇絵画」もバンドサウンドの曲ですが、こちらはもう少し抒情的な楽曲になっているように感じます。

日食:『ミメーシス』でもアレンジをお願いしていた沼能さん(沼能友樹)というギタリストのチームにお願いしています。沼能さんはギターの音色で世界を作るのが上手い方なので、一撃パンと出した音で風景が決まるんですよね。私はそこに全幅の信頼を置いていて、ある程度お互いをわかってきた状態でのレコーディングでした。なので最終的な詰めはスタジオで進めていく感じで、言語でイメージを共有をし合い、それをどう音に還元していくかを現場で揉みながら作りました。

ーー何か共通言語になるような音楽はありましたか?

日食:そうだなあ......間奏がメタリカ。

ーーメタリカ!

日食:最初は全然そうじゃなかったんですけど、バンドの3人(沼能、藤谷一郎、脇山広介)が音色を揉んでいく中でメタリカだねってなった瞬間があって(笑)。この曲で歌っている夕闇って、みんなが急いで帰るような、心が忙しくなるような時間帯だと思うんですけど。メタリカのイメージはその時間帯の暗さと妙に合うなと思って、アウトロにもちょっと引っ張ってきました。何か汚し要素を入れられたらなと考えていたので、いい味変になったと思います。

ーーすでに様々なアレンジャーの名前が上がっていますが、今作は本当に1曲ごとにカラーが変わりますね。

日食:私はいろんな畑の方にアレンジをお願いするんですけど、それはひっくり返して言うと、アレンジをお願いする時点でその方のサウンドになるべきだと決めているんです。いつも「あなたが一番自由に羽を広げられる音をつけてください」とお願いしているので、キャスティングの時点で音のイメージが決まっていきますね。

ーー「幽霊ヶ丘」は古都や山奥の風景を思い浮かべてしまうような、幻想的な曲だと思います。

日食:アレンジは山出(和仁)さんというトラックメイカーにオファーしました。Twitterで投稿が流れてきたのをきっかけに知ったんですけど、彼は普段から悲し気で重たくて、でもどこか懐かしさがある音色を作る方なんですよね。その感じがすごく良くて、「幽霊ヶ丘」ではとにかく悲しい幽霊の話にしたいです、というようにお願いしました。

ーーどことなくオリエンタルな雰囲気も感じます。

日食:そういう意識はあんまりなかったですね。ただ、和の楽器があればいいかなという話はしていて、言葉も意識的に和歌っぽいもの選んでいったので、ちょっと古めかしい雰囲気を山出さんも汲んでくださったのかなと思います。

ーー音楽を作る人は幽霊について歌う方が少なくないですよね。日食さんはどうしてこの曲で幽霊について書こうと思ったんですか?

日食:私は今山奥で一人暮らしをしているので、360度どこにも人がいないですし、周りで自分のことを認識している人が誰もいないんですよね。そうすると私は本当にここに存在しているのか? と思う瞬間が結構あるんです。なのでここでいう「幽霊」って、自分自身のことかもしれないです。

 制作環境を求めていったはいいが、制作をしていない瞬間の自分は誰なんだろう? って。山奥に来てから3年目になりますけど、知り合いはひとりもいないですし、近所付き合いも全然していなくて。私がこの瞬間にここから消えても、それを認識する人っていないなって考えると、やっぱり幽霊っぽい存在に自分がなっているなって思います。

ーーでも、今のお話は都会に住んでいてもそうなのかなって思いました。

日食:ああ、そうかもしれない。すれ違っていても、それが誰だかわからなければ、気づかないですよね。

ーーいずれにしても、山奥の生活というのは作品に影響を与えているんですね。

日食:していると思います。やっぱり窓から見える景色が全然違うので。東京で「幽霊ヶ丘」という曲を書こうと思ったら、きっと〈芒原〉なんて言葉は出てこない。ビルの狭間にいる幽霊を書いたかもしれないので、そういう風景の違いはすごくあると思います。あと、とにかく制作に集中できます。深夜の2時3時までスピーカーから爆音で音を出しても全然怒られないし、なんなら熊避けになるぐらいで(笑)。遠慮なく音楽ができる環境にはなっています。

ーー熊避け(笑)。SNSには草刈り機を持っている写真も上がっていますし、日食さんは生活と音楽に密接なところがあるように思いました。

日食:生活力のない天才ミュージシャンもいますけど、私はどう頑張ってもそこには行けないというか。自立した音楽をするためには、自立した生き方をしていないとバランスが取れなくない? って。良い音楽をすればするほど、ちゃんと草刈りも自分でするし、雪かきもサボらずやるし、そういうところでバランスが取れているんだと思います。

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