メタルは“開かれた音楽”として発展する ポップスやヒップホップなど広範なジャンルへの浸透も
他ジャンルとの接点から掘り進める近年のメタル動向
以上を踏まえて注目してほしいのが、メタルが伝統的に備え続けてきた“越境性”だ。メタルは“様式美”という言葉とともに語られることが多いが、その型は一通りではなくサブジャンルの数だけあるし、サブジャンル内でも型から外れるものがいくらでも存在する。メタルは“メタリック”な質感さえあれば何でもそう呼んでしまえる柔軟な括りでもあるため、様々なジャンルとの混淆が起こりやすく、実験的なことをやってもそうした質感の機能的快感で納得させてしまえることも多い。例えば、“メタルゴッド”と呼ばれるJudas Priestは、ポピュラー音楽におけるその時々の流行と伝統的なHR/HM(ハードロック/ヘヴィメタル)形式を巧みに混ぜ、保守性と革新性を兼ね備えた作品を生み続けてきた。これは、Bring Me The HorizonやMåneskinのような近年の代表的バンドについても言える。メタルとは、型を築きそれを足場にしながら遠くへ向かう音楽であり、ハイコンテクストさとキャッチーさを両立する音楽でもある(この在り方はヒップホップなどにも通じる)。優れた越境性を備えた近年のメタルは、そうした面白さを知るきっかけとして非常に良いのではないかと思われる。
というわけでここからは、近年のメタル動向のうち特に勢いのある潮流について列挙していきたい。
ポップミュージックの領域におけるメタル要素の活用
冒頭で触れたように、近年はメジャーなポップアクトがメタルの要素を大々的に用いる機会が増えている。ビリー・アイリッシュやGrimes、ZheaniやJazmin Beanなど、メタルのダークなイメージを魅力的に用いているアーティストも多いし、PoppyやSASAMIはメタル要素が主軸になったアルバムを作ってさえいる。また、メタルは伝統的に男性優位な風潮が強く、女性蔑視的な表現が温存されてきた面もあったのだが、Linkin Parkが2000年代冒頭にメタルとポピュラー音楽との接続を成功させ世界的な人気を得てからは、そうした傾向も少しずつ薄まってきている。その点、100 gecsやBlack Dressesのようなクィア・アーティストによるメタル要素の換骨奪胎も重要だと思われる。
メタリックハードコアの発展
2000年代に確立されたタイプのメタルコアは、1990年代のメタリックなハードコアパンクの躍動感に北欧メロディックデスメタルの叙情的な旋律を組み合わせた音楽スタイルで、その圧倒的なノリやすさと親しみやすさにより世界的な支持を得た。この形式はONE OK ROCKをはじめとした邦楽ロックにも受け継がれており、YOASOBIのAyaseが「メタルコアが好きだ」(※1)と発言しているように、とても広い層に受け入れられている。ここで重要なのが“メタル”におけるグルーヴ感覚の変化だろう。80年代までのHR/HMにおけるベタ足の跳ねないノリが、90年代のPanteraをはじめとしたタイトなグルーヴメタルを経て、ヒップホップのバウンス感覚を得たKoЯnのようなニューメタルに繋がり、そしてそれが2000年代のメタルコアにより、跳ねる躍動感とタイトさの両立に至る。こうした歴史的変遷は、同じ“メタル”という言葉を用いていてもそこから連想するノリが人によって異なる事態を招く。昨今“メタル”と言われて連想される音は、基本的には2000年代のメタルコア以降のものだと思われる。
この“メタルコア”の完成されたスタイル自体は、リズムパターンもメロディやコードの傾向もかなり限られているのだが、それを土台に豊かな発展を成し遂げているバンドも多い。Bring Me The HorizonやCode Orange、Spiritboxあたりは特によく知られているし、Turnstileのようにポップなハードコアを土台にメタル要素を非常にうまく取り入れているバンドも少なくない。こうした要素を用いつつポップアクトとしても訴求するWargasmやNova Twinsのようなグループもいるし、Soul GloやZuluのようなブラックパンク系譜のバンドも素晴らしい。ArchitectsやSleep Tokenなどはこれからさらに注目されるようになっていくはず。メタルという言葉から直接的に連想されるだろう音としては、最も注目度が高い領域だ。
エレクトロニックミュージックとの接続
冒頭で挙げたGhostemaneのようなトラップメタルを筆頭に、メタルは様々なビートミュージックとの接続を成し遂げてきた。そもそもSkrillexやPerturbatorはメタルバンド出身で、トラックメイカーになってからもメタル領域との交流を持ち続けているし、Death GripsやJpegmafia、Injury Reserveなど、エクスペリメンタルなヒップホップの中にもメタル的な要素をうまく活かしているアーティストがいる。Oneohtrix Point Neverも2015年の『Garden of Delete』では異形のインダストリアルメタルに取り組んでいるし、Yves Tumorも今年のコーチェラ(『Coachella Valley Music and Arts Festival』)ではJudas Priestにそのまま通じるファッションが話題を呼んだ。メタルの知識はこうした音楽の理解を少なからず助けてくれると思われる。
“近年のメタル動向の総括”でまず考えるべき大きな括りは概ねこんなところだろうか。メタルはとても面白い音楽で、その越境性により様々なジャンルと深く結びついている。もしあなたが「メタルは自分とは関係ない」と思っていたとしても、実際はそうとは限らないし、メタルを知ることで、自分の好きな音楽をより深く楽しめるようになる可能性も高い。また、「自分はメタルだけ聴いていればいい」と思う人も、メタル以外の音楽を知るとメタルがさらに楽しめるようになるのは間違いない。こうした認識が広く共有され、音楽一般を語る言葉がより豊かになっていけば何よりである。
なお、本稿で触れた事柄は、筆者が監修・執筆を務めた『現代メタルガイドブック』の主に第7章でより具体的に網羅している。興味をお持ちになった方はお手に取っていただけると幸いだ。
※1:https://twitter.com/Ayase_0404/status/1415675880106459146?s=20
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