藤田麻衣子、シンガーソングライターとしての殻を破った新機軸 wacci 橋口洋平、SUNNY BOYら旧友から得た刺激も
前作『忘れられない人』から1年7カ月ぶりに藤田麻衣子のニューアルバム『Color』が届いた。これまで、シンガーソングライターとして、作詞・作曲のすべてを手がけてきた藤田だが、今作では、楽曲を、時には歌詞さえも、自分ではない人に委ねるという選択も織り交ぜている。この1枚が、まさにさまざまな「色」との冒険譚。混じった末にれっきとした藤田麻衣子の「色」となっているのは、彼女自身が自分の揺るがぬ根っこを見つけ、そこがあるからどこにでも行けるというスッキリとした境地に至っているからだろう。ある種の転換点。そこを巡る気持ちのグラデーションを聞いた。(藤井美保)
曲作りを委ねる心境に至るまで
ーー2021年リリースの前作『忘れられない人』のとき、「しばらくはちょっとおこもりモードに入る」と言っていましたよね(※1)。
藤田麻衣子(以下、藤田):2021年は15周年で、「動くぞ!」というモード全開で『忘れられない人』も全力で作ったんですけど、同時にいよいよ40歳が見えてきた時期でもあったので、「これからどんな歌を歌っていけばいいんだろう?」と、それまであまり考えなかったことも頭をよぎるようになったんですね。何も見つけられないまま作品を作り続けるより、15周年のライブをやりきったらちょっと時間を置こうと思っていました。
ーー実際どんなふうに過ごしていましたか?
藤田:これまではお休みをいただいても、頭のどこかに締め切りがちらついていて、何か浮かんだらすぐメモるという感じだったんですけど、今回はメモらなくなるところまで行けました(笑)。最初の頃こそ、「こんなに仕事のことを忘れてていいのかな」と思ってたけど、そのうち「こういう時間も必要だ」と。歌詞のネタ云々を考えることなく、韓流を含めてドラマもいっぱい観たし、洗濯して、食事を作って……という、本当に何もしない、普通に生きるだけの日々を送っていましたね。スタッフから「次のリリースのことは考えとかなきゃね」とは言われていたんですけど、「まだいいか」ってのらりくらりするという(笑)。そういうのは人生初でした。
ーーそういった時間が、今作で取り組んだ新しい形のコラボに繋がったのかなと想像していました。
藤田:『忘れられない人』でクリス・ハートさんや平川大輔さんとコラボしているんですけど、そのときは詞や曲ややりたい方向性は全部私自身の中にあってお迎えするという形だったんですね。それでも、制作現場にいつもと違う人たちがいることがすごく新鮮でした。その印象が強く残っていたので、今回もコラボはしたかったんです。「せっかくやるならやったことのない形で」とも思っていて、それが自分以外の人に曲を書いていただくということでした。
ーーまずは曲を書いていただこうと思ったんですね?
藤田:シンガーソングライターとしての長年のこだわりを捨てきれない私がいて、歌詞は自分で書こうと思っていました。藤田麻衣子が180度変わってしまうことを、まだどこかで恐れていたんだと思います。今は、そこはどうでもいいと思えているんですけど、基本はすごく保守的なので、歌詞は自分で書き、曲を誰かにお任せしてみようと思っていました。
ーーその第一弾が、2022年8月に配信リリースされた「シンプル」。安室奈美恵さんの「Hero」やBTSの「Don't Leave Me」などを手がけるSUNNY BOYさんの作曲です。
藤田:SUNNY BOYさんとは、実はインディーズデビューした頃からの知り合いなんです。先ほど言った通り私自身こだわりが強いので、コラボするならいい曲を書いてくれるだけじゃなく、こちらの要望を遠慮なく話せる人がいい。「そういう人いないかな?」と思ってたときに、「あ、近くにいた」と(笑)。ちゃんと繋がっていた彼にお願いできたのはすごくありがたかったです。歌詞を仕上げるまで3カ月ほどかかっちゃいましたけど。
ーー作詞・作曲ともがご自身のときは、これまで全て詞先でしたよね。今回他の方の曲には、曲先で作詞したということですか?
藤田:はい。これまでも楽曲提供する際は曲先で詞をつけることはあったし、私の楽曲でも、詞先で曲を書いた後で詞を書き換えるということはやってきていて。だから、時間がかかったのは曲先が原因ではないんですけど、本当にしばらく何も浮かばなかったんですよね。たぶん、これからどんな歌を歌っていけばいいんだろう? というところで、まだ迷いの中にいたんだと思います。
ーー結果的に〈すごくシンプルだけど/こんな私のこと/好きになってくれてありがとう〉という、文字通りシンプルさが胸を打つ歌詞に帰着したわけですが。
藤田:今年になって世の中の雰囲気がだいぶ変わりましたけど、去年はまだ私自身も塞いだ気持ちになることが多かったんですね。そんな折、思い立ってTikTokを始めたら、おすすめの映像に誰かの何気ない日常の一コマがけっこう上がってくる。ただただ幸せそうなカップルの姿とかを眺めてたら、なんかすごく癒されたんですよ。怖くなったり辛くなったりするニュースばかりだけど、幸せはちゃんとあるんだなと思えて。
ーーああ、ホッとしますね。
藤田:それこそ、“藤田麻衣子=悲恋の歌”という像を、自分自身でもひとつの理想として決めつけてたところがあったけど、そういうのはもういらないんじゃないかなというふうにも思った。そんな心境で、本当にギリギリで書き上げたのが「シンプル」でした。その瞬間、すごくスッキリしたんですよ。今までの決めつけが取り払われた気がして。
ーーそれは大きな転換点ですね。
藤田:これまでは、楽曲提供の依頼があって、「ハッピーエンドにしてください」なんて言われると、得意じゃないから実はちょっと困ってたんですね(笑)。それが、両想いの曲も書ける自分に生まれ変わった気になれた。ところが、それからほどなく依頼された恋愛ゲーム『イケメンヴィラン 闇夜にひらく悪の恋』の主題歌「漆黒」では、「すごく黒くていけない恋な感じで」とリクエストされました。イケメンシリーズでは「戦国」と「幕末」に関わってきて、常に爽やかな楽曲を求められてきたのに、「両想いの曲も書けるぞ」と思った途端、真逆を求められるという(笑)。もちろん、「それは得意です」と言って喜んでお引き受けしたんですけど。
ーー振れ幅が広くなったということじゃないですか。
藤田:どうリクエストされても今は不思議と悩まずに書けますね。なんかスッキリしてます。
「“らしくない”と思われることへの恐れから解放された」
ーー“何もしない日々”の効能が現れ出しているのかもしれませんね。ご自身の根っこの部分に行き着いていて、そこがあるからどこにでも行ける。「シンプル」にはそんな藤田さんが見えます。
藤田:それで思い出したんですけど、「シンプル」の歌入れのディレクションは、SUNNY BOYさんがやってくれたんですね。ずっと一緒にやってきているディレクターと私は、日本語がちゃんと伝わるように切るところも細かく決めて、真面目に録るタイプ。SUNNY BOYさんはそれとはまた違ったディレクションをするだろうから、いつものディレクターとは「どんな提案をされても、まずその通りにやってみようね」と打ち合わせていました。
ーー実際はどうでしたか?
藤田:英語圏の方との仕事も多いせいか、SUNNY BOYさんはメロをどう聴かせるかにすごくフォーカスしていて、歌い回しというか、声のテクニックにかなり寄ったことをさまざまな角度で求められましたね。今までの藤田麻衣子はどうでもよくなって、課されたことができるかできないかを延々トライしてる感じ。それによって、新鮮な仕上がりになっていくのがすごく面白くて。
ーー歌い手として素材になるという感じだったんですね。
藤田:そうですね。「藤田麻衣子らしくない」と思われることへの恐れから解放されたというか、これはこれで、とにかく曲を生かすための歌い方だと、そこもスッキリ臨めました。ちょっとくらい違うことをやったからって、そう簡単に藤田麻衣子が崩れるわけじゃないことがわかったというか。
ーーいい解放のされ方ですね。サビの〈一番 思っていること〉のこぶし、一聴して素敵! と思ったんですよ。
藤田:SUNNY BOYさんに「ここ、引っかかりがあるようにしたいんだよね。回せる?」と言われて、やってみたら「あ、回せた!」と(笑)。
ーーあのこぶしひとつ取っても新しい魅力ですね。EDMとアンビエントが混ざったようなサウンドも新鮮です。では、SUNNY BOYさんが手がけたもう1曲の「戻りたい、もう戻れない」についても聞かせてください。
藤田:作ったのはレコーディングの最後の最後。アルバム全体のバランスを見て、恋愛の歌詞にしようと決めて書きました。デモの仮歌が英語だったので、最初日本語でのハメ方が全然見えてこなかったんですよ。もう延々リピートして、なんとか書き上げました。歌入れは、SUNNY BOYさんがたまたま渡航中だったので、いつものディレクターとやって。「SUNNY BOYさんならこう言いそうだね」というのはあったんですけど、正解はわからないから、SUNNY BOYさんの歌い回しを耳コピして日本語に置き換える、みたいな感じで歌いました。
ーーラップのようなパートもありますもんね。
藤田:そうなんですよ。ノリが突っ込み気味だとカッコ悪いから、後ろ気味に歌うんですけど、なかなかリズムに乗り切れなくて、「今のは遅かった」とか「今のはハマッた」とか「手探りすぎるね」とか、爆笑しながらのレコーディングでした。
ーーここからは、ご自身で作詞・作曲された3曲について。まず、前出の「漆黒」をもう少し掘り下げさせてください。
藤田:自分の得意な感じでタイアップをいただけたので、「藤田麻衣子の今年の推し曲になる迫力のあるものを」と思って書きました。
ーーラテン調の華のあるアレンジが、すごく似合っています。
藤田:大野宏明さんは、TVアニメ『緋色の欠片』シリーズの「宝物」や「好きになるとどうして」「ギブミーサンドバッグ」、平川大輔さんに提供した「共犯者」でも、素晴らしいアレンジをしてくださっているんです。ピアノと多重コーラスで作った私の「漆黒」のデモを、派手に、ドラマチックに広げてくれる人、と思ったときに、パッと大野さんが浮かびました。やっていただけてよかったです。
ーー「できるなら…」は2020年に、まなみのりさに提供されましたね。
藤田:そのときの彼女たちと同じ30歳前後の頃にメモした言葉を使って曲にしたので、当時の私の女性としての思いや迷いが、本当にそのまま閉じ込められています。歌っていると、なんかすごく気持ちが入るんですよ。
ーー個人的に私もすごくリンクしました。〈できるなら〉というメロディラインが“ご馳走”と思えるほど大好きです。
藤田:ありがとうございます。何度も繰り返してよかった(笑)。
ーー「always」は、THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLSへの2017年の提供曲です。
藤田:去年、THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLSの10周年ライブがあったんですね。ファン投票で「always」が3位に選ばれたそうで、本編の最後に、メンバーそれぞれが、ファン一人ひとりに向けて、この曲を歌ってくれて。私は映像でその様子を観たんですけど、すごく感動してしまって、今回ぜひセルフカバーしたいと思ったんです。私にとっても、長い間支えてくれているファンのみなさんに「ありがとう」を伝える曲です。