アルバム『忘れられない人』インタビュー
藤田麻衣子、ときめきがもたらした恋愛ソングへのモチベーション アルバム『忘れられない人』制作秘話を語る
「新曲を書く気になれなかった」という2020年。それが嘘のように藤田麻衣子の2021年はめまぐるしかった。1月には「文化でナゴヤを応援!きみのあした♪プロジェクト」のために書き下ろした「きみのあした」を配信リリース。3月にはピアノ弾き語りの一発録りを貫いた『15th Anniversary 弾き語りBest』を発売し、15周年を記念するアコースティックライブツアーも敢行。9月にはその集大成として、苦楽を共にしてきたデビュー前からのメンバーと4人だけで東京Bunkamuraオーチャードホールに立った。それで一区切りかと思いきや、16年目に入った途端メジャー6thオリジナルアルバム『忘れられない人』リリースまで。「書く気にならなかった」から一転、今は「曲作りがすごく楽しい」という。そんないい変化をもたらしたアルバムについてたっぷり語ってもらった。(藤井美保)
ときめくと不思議と元気になれる
ーー『忘れられない人』の話にいく前に、15周年の集大成的ステージとなった『15th Anniversary Special Live』について聞かせてください。オーチャードホールは初でしたよね?
藤田麻衣子(以下、藤田):はい。スタッフから「15周年のコンサートはどこでやりたい?」と聞かれたときに、「素直に言っていいんだったら、まだ立ったことのない憧れの場所に、デビュー前からのメンバーと立てたら素敵だなと思う」と希望しました。ただ、その話をした時にはもうコロナ禍は始まっていたので、2021年の9月がどうなるかは誰にもわからなかった。それでも、スタッフは駆けずり回って万全な態勢を整えてくれました。開催できたことには、もう本当に感謝しかないです。
ーーまさに直前まで先が読めない状態でしたよね。
藤田:今までは、ライブがあれば「ぜひ来てください!」とみなさんに言い続けていたのに、それが言えない。あの気持ちは初めて感じるものでしたね。そんな状況下でも、出演者もスタッフも元気に集まれて、お客さんも来てくださった。これはもう心から楽しんでやりきるしかない! と思いました。
ーーピアノの山本清香さん、バイオリンの沖増菜摘さん、チェロの島津由美さんと藤田さんの4人だけでオーチャードホールに立つということが、まずカッコよかったです。
藤田:弦がふたりとピアノというあまりない編成なので、どうしてもアレンジ上それぞれの負担は多くなるんです。だから、演奏するだけでも難しいのに、さらに私が、気持ちの赴くままテンポや強弱を変えるので、それに対応するのも大変なはずなんですよね。譜面を渡したからといって誰でもできるわけじゃない。あのメンバーだからこそ成り立つライブなので、4人で立ててホッとしました。
ーー小さなライブハウスでロックバンドと対バンしていた頃の4人が見えるようでした。メンバーもずっと感慨深げでしたね。
藤田:MCでもお話したんですけど、長年の夢だったオーケストラコンサートが叶ったとき、3人はそこにいなかった。もちろん、その時点では私たちの関係性をプッシュするタイミングではなかったけど、ずっと応援してくれてた3人と一緒に夢を叶えられなかったことは、正直自分のなかにモヤモヤとして残ってたんです。でも、それが徐々に「次がある」という思いに変わっていきました。清香は出会った頃芸大の作曲科にいて、すでにオーケストラのアレンジもできる人だったし、菜っちゃんも由美ちゃんも、それぞれ弦楽のアンサンブルで着実に経験を積んでる。だから、いつか彼女たちと一緒にオーケストラができるはずと思っているんです。そんな未来の輪郭が、今回4人でオーチャードに立って濃くなりました。どこがゴールでもない長い目で歩いているなかで、ともに成長し、挑戦できることはまだまだあると思えました。
ーー15周年のいい締めくくりでした。一息置くのかなと思いきや、ニューアルバム『忘れられない人』が届いて驚きました。
藤田:何かひとつ大きなことが終わると次が見えてくるところがあって、今回は『弾き語りBest』を出してすぐの4月には火がついてましたね。ツアーもあってずっと忙しくて、家の中がどんどんぐちゃぐちゃになっていったなぁと思い出します(笑)。
ーーその段階で思い描いていたアルバム像は?
藤田:恋愛のアルバムを作りたいという気持ちがすごくありました。というのも、2020年はあまり新曲を書く気になれなかったんですね。曲作りの波はあるからたまたまそういう時期だったのかもしれないけど、それ以上にコロナ禍でどんな歌を書けばいいのか戸惑いのほうが大きかった。だったらもう、15周年に出す『弾き語りBest』に集中しようと過ごした2020年でした。たぶん、世の中的にも恋愛ドラマが盛り上がる感じではなかったと思うんです。でも、2021年に入った途端、まず私自身が久々に恋愛ドラマにハマったんです。ときめくと不思議と元気になれる(笑)。こんな時代だからこそときめきって重要だと思いました。
ーー同感です。みんなそれを求めてますよね。
藤田:実際『弾き語りBest』で募ったリクエストでも恋愛ソングが多かったんですよ。レコーディングでその世界にどっぷりハマれるのがすごく楽しかった。「ああ、私、やっぱりこういうのが好きなんだな」と再確認しましたね。
ーー『忘れられない人』というタイトルが生まれたのは?
藤田:自分のなかで方向性が定まりつつあった頃、一方でスタッフとは「15周年の年に出す作品だから何か特別なことをやりたいね」と話していて、「コラボなんてどう?」という案が出て「それ、いいかも」と私自身も思い、パッと思い浮かんだのが、クリス・ハートさんと平川大輔さんでした。で、そのおふたりそれぞれとのコラボ曲が、どちらも忘れられない人の歌になったんです。「じゃあ、そのテーマでもう1曲作ろう」と「人魚姫」を書いた。その3曲が並んだのを見たときに、アルバムタイトルを『忘れられない人』と決めました。
ーーさて、ここからは1曲ずつのエピソードを聞かせてください。「臆病な恋の歌」(アルバムバージョンはアコーディオンやスライドギターが入るなど乾いたアメリカンなアレンジに)と「きみのあした」は、それぞれ2020年10月、2021年1月に配信シングルで出ているので、ここでは“新曲”を順番にうかがっていきます。まず、「君に会いたくなる夜は(duet with クリス・ハート)」。極上のデュエットナンバーです。
藤田:クリスさんとの出会いは2014年。2013年に出した私の「手紙~愛するあなたへ~」を、クリスさんがカバーしてくださったんですよ。この曲が、その後何年もかけて結婚式などでみなさんに愛されるようになったのは、クリスさんが歌ってくださったおかげでもある。そこからライブに来てくださったり、呼んでいただいたりという交流が始まりました。「君に会いたくなる夜は」は、実は私がクリスさんに書き下ろした曲で、2016~2017年のご自身のツアーで歌ってくださっていました。ただ、その後すぐ一旦活動を休止されたので、いわゆるCD音源にはなっていないんです。
ーーそうなんですか!
藤田:いつかセルフカバーしたいなと思っていたのが、今回コラボというところで繋がって、超素敵な展開になりました。
ーー1コーラス目は藤田さんがメイン、2コーラス目はクリスさんがメインとなっていて、それぞれキーが違うわけですが、その辺のやりとりはどのように?
藤田:私のデモにクリスさんが「こんな感じのハモはどうですか?」と入れてくれて、私からは「2番はクリスさんメインにしたいのでこのキーでどうですか?」と返す、みたいなデータのやりとりをリモートでしました。ライブで自分の歌としてしっかり歌ってくださっていたので、クリスさんからはたくさんアイデアが出てきました。
ーー新鮮に響いたのが、情熱的なラテンナンバー「人魚姫」です。
藤田:ライブで盛り上がる曲と言えばここ何年も「高鳴る」なので、何か新しいアップテンポが欲しいなと思い、以前カバーアルバムを出した機会にいろいろ試したりしたんですね。結果やっぱりバラードが得意ということはわかったんですけど、例外的に「サウダージ」(ポルノグラフィティ)はスタッフも「合うね」と言ってくれてました。メロディがちょっと哀しげなラテンだったらアップテンポでもいけると思っていたので、今回そういう曲にチャレンジすると宣言して、頑張って書いたんです。
ーーAメロを繰り返さずにBメロにいくとか、ハッとする工夫がいっぱいありました。
藤田:私は言葉を書いてからパッと曲をつける人なので、そんなに練ってないこともあるし、作ることに夢中になりすぎて作った過程を憶えてないことも多々あるんですけど(笑)、これは珍しくミュージシャンとしてあれこれ試行錯誤しました。結果自分の引き出しが増えた気がします。
ーー歌詞はまさにアンデルセンの『人魚姫』。
藤田:本を読み返してみたときに、こういう経験って誰もがしてるなと思ったんですね。泡になることはないし、声を奪われることもないけど、自分が先に出会ってたのに後から出てきた人に持っていかれちゃったり、好きだけど相手の幸せを願って身を引くとかはある。若い頃は「ありえない!」だったのが、大人になると、ね(笑)。
ーーギターやバイオリンの効いたサウンドも素敵です。
藤田:今年のアコースティックツアーでギターとピアノで「高鳴る」を演奏したときに、ラテンぽくてカッコいいと思った瞬間があったので、ギターはそのときのドラちゃん(沢頭たかし)に弾いてもらいました。バイオリンはAyasaさん。何年か前にライブで観たときに、二胡のようなうねりのある演奏が印象的で、今回お願いしました。俄然情熱的なムードが出ましたね。