chilldspot 比喩根、“大人になること”との向き合い方 2ndフルアルバム『ポートレイト』に至るまでの変化と成長
東京を拠点に活動する4人組バンド・chilldspotが、2ndフルアルバム『ポートレイト』をリリースした。「10代の全てを注ぎ込んだ」という前作『ingredients』からおよそ2年ぶりとなる本作は、ボーカル比喩根が持つスモーキーでソウルフルな歌声と、ロックやソウル、ジャズなど様々な音楽スタイルを貪欲に取り込んだバラエティに富んだアレンジは健在。しかも今年はメンバー全員が二十歳になり、音楽的にも人間的にも成長を続ける彼女らの「今」をそのまま切り取ったような、まさにアルバムタイトルが象徴する内容に仕上がっている。今回リアルサウンドでは、本日5月7日に誕生日を迎えた比喩根にソロインタビューを行った。音楽に目覚めたきっかけや目指すアーティスト像、バンドで表現したいことなどあらゆる角度から彼女の魅力を深掘りした。(黒田隆憲)【インタビュー最後にプレゼント情報あり】
比喩根が自分の歌声を身につけていくまで
ーーまずは、比喩根さんが音楽に目覚めたきっかけから教えてもらえますか?
比喩根:もともと歌うことが好きで、小学3、4年生ぐらいから近所にあったボイストレーニングの教室に通っていたんです。そこの定期発表会で、確か奥華子さんの「変わらないもの」とback numberの「幸せ」を歌ったと思うんですけど、そうしたら私の歌を聴いて泣いてくれたお客さんが会場にいて。中2か中3くらいの頃だったのですが、それがきっかけで「自分にしかできないことが、もしかしたらあるのかもしれない」と思うようになり、本格的に音楽の道を目指すようになりました。両親が沖縄出身なのですが、お正月とかに島へ帰って親戚の人たちの前で歌うと褒めてくれるのも嬉しくて。それも、より歌が好きになるきっかけの一つでしたね。
ーー自分で曲を作ろうと思ったのは?
比喩根:高校生になって軽音部に入り、一人でライブに出る機会が増えてきて。カバー曲を歌うだけでも楽しかったのですが、周りにオリジナル曲を歌う人も多かったし、軽音部でいろんな音楽を聴くきっかけが増えていく中で藤原さくらさんやあいみょんさん、GLIM SPANKYの松尾レミさんのような、自分で作詞作曲をしてギターを弾きながら歌う女性アーティストに憧れを抱くようになって。「私も書いてみよう」と思うようになりました。
ーージャンルにとらわれず、いろんな音楽を聴いてきたのですね。
比喩根:はい。小学生の頃から好きだったAKB48のような女性アイドルは今でも大好きですし、小学校高学年になってくるとJUJUさんのようなジャズ系のシンガーが好きになってよく歌真似をしていました。最近はK-POPも好きで聴いていますね。あと、ボカロ曲をよく聴いていたのも影響としては大きかったのではないかと思っています。ボーカロイドって、とにかくあらゆるジャンルの音楽を歌わせることができるわけじゃないですか。私はヨルシカのn-bunaさんやきくおさんが好きだったのですが、n-bunaさんはギターロックをボカロに歌わせていたし、きくおさんはバキバキの電子音楽を作っている。なのでボカロを通して、本当にいろんなジャンルの音楽に触れることができたのだと思います。
ーーじゃあ、いわゆる「歌い手」になりたいという気持ちもありました?
比喩根:爆裂にありました(笑)。中学生の頃からニコニコ動画に「歌ってみた」の投稿をしていましたし、今でもボカロ曲をカバーする「歌い手」さんには憧れています。今はchilldspotのボーカルとして活動していますが、表現としてはどちらも好きなんです。
ーーボカロ曲のカバーではなく、オリジナル曲を歌うことの楽しさはどこにありますか?
比喩根:実を言うと、最初のうちはオリジナル曲も「みんなが『いい』と言ってくれるからまた書いてみようかな」くらいのよこしまな気持ちだったんです(笑)。でも、自分の思っていることを赤裸々に歌えるぶん、そこを褒められると自分自身を丸ごと肯定してもらえたような気持ちになれる。それがオリジナル曲をやるいちばんの魅力だと思っています。しかも最近は、自分で納得のいく曲や歌詞が書けた時の達成感や快感が半端なくて。それを求めて作詞作曲をすることが多くなってきました。
ーーちなみにボーカリストとして憧れている人、目指している人はいますか?
比喩根:さっき話した藤原さくらさんや松尾レミさん、それからAimerさんやAdeleさんとか。「この人みたいになりたい」と思うと、徹底的に模倣してクセを取り入れて自分のものにしていく、ということをやっていました。最初のうちは、全然特徴のない声と歌い方だったのですが、中3の最後の方にAimerさんの声真似をずっとしているうちに、少しずつ「自分の歌声」を身につけていったのだと思います。
メンバーの音楽的ルーツ、漫画やゲームが楽曲制作に与える影響
ーー最初に作ったオリジナル曲は、『ingredients』に入っている「夜の探検」なのだそうですね。
比喩根:そうです。当時はギターの弾き方もコード進行も全く何も知らない状況だったから、適当にフレットを押さえて「コード」とも言えないような和音を爪弾いていたんです。その時に、Cadd9みたいな響きが偶然ぽろんと鳴って「めっちゃ良いじゃん、このコード!」となり、そこからイメージを広げていきました。そのあと、作り込んでいくうちにD#maj7になるなど、アレンジも色々変わってきているんですけど。
ーー「夜の探検」をバンドで演奏してみようと思ったのが、chilldspot結成のきっかけだったと聞きました。
比喩根:そうなんです。ベースの小崎は小学校からの幼馴染みで、「オリジナル曲を作ったからやろうよ」と声をかけました。ドラムのジャスティンは同じ軽音楽部で、VaundyやKANA-BOON、サカナクションなど邦ロックのコピーバンドを一緒にやっていたので、その延長線上で誘いました。ギターの玲山は、同じ地域にあるいくつかの高校の軽音楽部で合同ライブをやる伝統があり、そこで彼のプレイを見て「うまいなあ」と思っていたんです。それで、バンドを組むとなった時にギタリストとして真っ先に声をかけました。
ーーバンドを組むにあたって、音楽の方向性などは話し合ったのですか?
比喩根:話し合いとかは特になかったんですけど、ジャスティンも私もNulbarichやSuchmosがすごく好きだったのもあって、ちゃんとルーツを持つバンドになりたいという思いは一致していましたね。例えば「夜の探検」も、私的にはものすごくポップな曲を作ったつもりだったんですけど、それをメンバーや今のスタッフに聞かせたところ、「この曲はもっと後ろノリのリズムにしたほうが良くなりそう」「比喩根ちゃんって、実はR&Bとか好きなんじゃない?」と言われて。最初は正直よくわからなかったんですけど(笑)、実際に完成に近づくにあたって「めっちゃかっこいい!」となって。それで自分の傾向もわかってきたところはあります。
ーーちなみに、他のメンバーはみなさんどんな音楽を聴いているのでしょうか。
比喩根:玲山はご両親の影響でRADWIMPSやBUMP OF CHICKENが好きだったみたいで、今はヨーロッパのインスト音楽などを聴いていますね。小崎はやはり親の影響でFACTやマキシマム ザ ホルモンが好きなんですけど、ボーカロイドや電子音楽も聴いています。今は国内外のインディロック、シューゲイザーとかローファイとか好きだと言っていました。ジャスティンが一番いろんな音楽をディグるタイプで、もともとNulbarichやSuchmos、サカナクションが好きだったのですが、今はThe 1975とかがすごく好きみたいです。
ーーバンドの共同制作者として、Ethan Augustinの名前がクレジットされていることが多いですよね?
比喩根:今のスタッフと一緒にやることになった時に「相性が良さそう」ということで紹介してもらいました。同じ事務所のNulbarichに携わっている方なのですが、楽曲のアレンジだけじゃなくて、みんなの楽器のテクニック面からメロディの運び方とか、そういうところも一緒に考えてくれる、ものすごく気さくな人です。
ーーちなみに、音楽以外の部分で比喩根さんが影響を受けているのは?
比喩根:気分転換も兼ねてですが、漫画とゲームとYouTubeですね(笑)。漫画はとにかくアプリにたくさん詰め込んで、雑多にいろんなものを読んでいます。その中で気に入ったものを紙でドン!と買っている感じですね。最近だと大今良時さんの『不滅のあなたへ』とか、米代恭さんの『あげくの果てのカノン』、平庫ワカさんの『マイ・ブロークン・マリコ』、最近話題になった魚豊さんの『チ。―地球の運動について―』にも感銘を受けて、創作意欲が湧きました。
ーー漫画やゲームの世界観やボキャブラリーが、歌詞にも影響を与えていそうですね。
比喩根:そう思います。曲を作り始めた最初のうちは、自分自身の経験だとか妄想だとかを歌詞に綴っていたんですけど、それがついにネタ切れになってしまって(笑)。そこから少しずつ、自分以外のところからインスピレーションを求めるようになっていきました。しかもそうやって書いた曲は、周囲の評判も良いんですよ。「もっと漫画を読む時間作ったら?」と言ってもらうくらい(笑)。あとは、小さい頃からいろんなことを頭の中でぐるぐる考えてしまうところがあって、そういう時にいろんな言葉を磁石のように呼び寄せているのかもしれないです。