『【推しの子】』とオープニング主題歌「アイドル」の広がりは必然だった? ネットカルチャーとの親和性から分析

 4月12日よりTVアニメ『【推しの子】』(TOKYO MXほか)が放送中だ。『【推しの子】』は赤坂アカが原作、横槍メンゴが作画を手がけ、2020年より『週刊ヤングジャンプ』にて連載されている漫画。初回第1話は90分拡大版として放送され、アニメが終了するとTwitterの世界トレンド1位となった。産婦人科医として働く雨宮吾郎(以下:ゴロー)の前に、ある日突然、自身が推す完璧なアイドル・星野アイ(以下:アイ)が妊娠中の姿で現れる。そこでアイドルの裏の顔を知っていくことになるゴローは偶然にもアイの子供へと衝撃的な転生を果たす。その後、何者かにアイを奪われたことに対するゴローの復讐劇がサスペンス要素も交えた展開で幕を開ける。

 オープニング主題歌「アイドル」を手がけているのは、コンポーザー・Ayase、ボーカル・ikuraから成る小説を音楽にするユニット・YOASOBI。原作者の赤坂アカが今回の楽曲制作のために新たに書き下ろした短編小説『45510』が楽曲の原作となっている(※1)。アニメ公開日に同曲が配信リリースされると、4月17日には全世界におけるサブスク再生回数が1,000万回を突破し、YouTubeのMVは5月2日時点で5,700万回再生超えを記録。Billboard JAPAN 総合ソング・チャート“JAPAN HOT 100 100”やSpotifyデイリーチャートをはじめとした音楽配信ランキングの1位を総なめしている。「アイドル」が昇竜の勢いで広がりを見せている理由はなんだろうか。独自の視点から紐解いていく。

YOASOBI「アイドル」 Official Music Video

 小説『45510』でも触れられたアイが中心となって活躍するアイドルグループ・B小町のうち、アイに対して妬みなどの黒い感情を持つひとりのメンバーの心中をはじめ、第1話の名場面を含めた嘘をつきながら完璧なアイドルへと成長を遂げていくアイの心境が描かれている「アイドル」。アニメでは描かれていない面が補完され、光と影の両サイドの演出が実現していることから全体的に感情の振れ幅が大きくなっているのが特徴である。

 特筆したいのは、YOASOBIの楽曲群のなかでも「アイドル」が、ずば抜けてボカロ曲のエッセンスを感じる楽曲になっていること。ボカロ人気の火付け役となった初音ミクは、VOCALOID2を元に開発された歌声合成ソフトであり、言わば“完璧”に近い存在でもあるバーチャルシンガー/アイドルとしても広く親しまれてきた。「アイドル」におけるモチーフごとのキー、BPMの変化、転調、と目まぐるしく変化するデジタルなサウンドの魅せ方は、初音ミクをボーカリストとして迎え入れたボカロ曲を数々生み出してきたAyaseだからこそ成し得たテクニックだろう。

 そしてなによりも、ikuraの新たな武器となる歌声が衝撃的だ。アニメ、小説『45510』ともに共通しているのは、アイドル=偶像を崇拝する信者による‟アイドルには完璧でいてほしい”との心情がひとつの鍵になっていることであり、その偶像が単純明快に表現されたのが、別人と感じさせるほどのどこか淡々としたikuraの歌声なのだ。

 ボカロという音楽ジャンルを築いた初音ミクの誕生から歌声合成ソフトは刻々と進化し、今では、より人の声に近いCeVIO AIのライブラリ・可不などが使用されるようになった。個性を象徴する多様な歌声合成ソフトが存在している現在、感情を表に出さない歌声が強く印象に残る本楽曲が生まれたのは必然にも思える。ボーカロイド=偶像とアイドル=偶像の一致が引き起こした産物。ベールに包まれたアイが多くの人を惹きつけているのと同様に、簡単には心を読ませない理想的なアイドルを無機質に近い声色で演じ切ったことが、「アイドル」のヒットの一因と捉えることができる。

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