稲垣吾郎のスタンスと役柄の生き様の重なりーー主演舞台『サンソン』キャストの魅力を引き出す演技

 稲垣吾郎主演の舞台『サンソン-ルイ16世の首を刎ねた男-』が4月14日、ついに幕を開けた。“ついに”と言いたくなったのは、この舞台が一度2021年4月23日に上演が始まったにも関わらず、コロナ禍によって突然の中断を余儀なくされたからだ。満を持して「再始動」と掲げられた本作のゲネプロを観劇した。

世の中が変わった2023年、稲垣が再びサンソンを演じる宿命

 描かれたのは、フランス革命前後の動乱だ。何が正しいのか。どこに向かっていくのか。世の中の常識が大きく変わり、人々は迷い、思わぬ形で分断が進んでいく怖さ。それを2023年を生きる私たちも肌で感じた。だからこそ、この作品がより説得力のあるものとして映る。今こそ上演されるべき舞台だと思わずにはいられなかった。

 稲垣が演じるのは、シャルル=アンリ・サンソンという実在した男。タイトルにもあるように、時の国王・ルイ16世の首をも刎ねたパリで唯一の死刑執行人だ。命を奪うという人としての何かを削りながらの仕事。忌むべき職業だと後ろ指をさされる偏見との戦い。それでもパリの秩序を守る番人としての誇りを持ってきた。だが一方で、敬愛する国王をも処刑しなければならない苦悩も……。

 誰も代わることができない一般人離れした強靭な精神力を持ち、ときに人間味のある姿を見せながらも、大衆の期待に応えようと懸命に職務を全うし続ける。その姿は、どこかスターとしての重責を背負いながら走り続けてきた稲垣の姿とも重なるものを感じた。サンソンに扮した稲垣の眼差しはどこか遠く、それはまるで現代の稲垣に、いや未来の誰かともつながっているのではないかと思わせる。

 ライトに反射してキラキラと輝く稲垣の瞳は絶望の涙に濡れているのか、それとも希望の光のかけらなのか。その意味は、きっとこの舞台を見た私たち次第でいかようにも変わるのだろう。激動の時代を生きたサンソンからのメッセージを、稲垣の体を通じて届けてもらった。観劇後にはそんな気持ちになった。

キャストの魅力を引き出す、稲垣ならではの“受け”の演技

 まさに、ハマり役。そう言いたくなるほど稲垣の思いが乗っていると感じるのは、この舞台が稲垣の発案によるものだからかもしれない。坂本眞一の人気漫画『イノサン』、安達正勝の『死刑執行人サンソン』を読み「舞台化して、サンソンをぜひ演じてみたい」と提案した稲垣。だからだろうか、単に主役を演じているというよりも、この舞台において稲垣の立ち振舞いは、座長としてキャストをも迎えるホストのような存在感を放っているように見えたのは。

 そもそもサンソンという人物が歴史の舞台裏を支えていた人というのもあるかもしれないが、彼が主役の物語でありながら、どこか物語の傍観者のような達観したところにある。その全体を見据える視点は、観客ともリンクする。

 ルイ16世、ロベスピエール、ナポレオン・ボナパルト……と錚々たる偉人たちはもちろんのこと、蹄鉄工の息子であるジャン・ルイ、チェンバロ職人のトビアス・シュミットといった歴史の教科書には載らない一般市民の登場人物たちにも自然と視線が向く。そして“脇役”という言葉では収まらない愛着を感じずにはいられなくなるのだ。その理由は、稲垣が登場人物たちの魅力を引き出す“受け”の演技をしているからではないか。まるで、ゲストが気持ちよく話してしまう居心地のいいトーク番組のMCかのように。

 ルイ16世の前では少し緊張しながらも、かけられた言葉一つひとつに喜びを隠しきれない様子が伝わってくる。その愛しい時間を目の当たりにした私たち観客にとっても、ルイ16世を演じる大鶴佐助が神々しく見えてくるから不思議だ。同時に、この人がなぜギロチンにかけられなければならないのか。それを避ける手立てはないのかと、気づけばサンソンと同じように胸を痛めていくことになる。

 ロベスピエールに対してもそう。死刑の廃止を唱え、サンソンと同じ正義を抱く者として頼りにしてきた。だが、彼は大衆の熱狂と共に考え方が変わっていく。志を同じくしていた者と道を分かつことの苦しさ、抗うことのできない大きなうねりに翻弄されるやるせなさ。それでもロベスピエールに扮した榎木孝明を恨み切れないものがあるのは、サンソンとのやりとりに信じられるものがあったから。

 私たちは、歴史を知っている。もちろん物語の顛末も。にも関わらず、彼らに穏やかに生きてほしいと願わずにはいられない。それこそ稲垣によって引き出された登場人物たちへの愛着、一緒に生きる感覚を共有した証だろう。クールに見えながらも、フラットに相手の意見に耳を傾け、信頼する。そんな稲垣のスタンスがサンソンの生き様と共鳴したようにも見えた。

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