春野、オーディエンスに1対1で届けたライフストーリー 前向きな決意に満ちた初のワンマンライブ

春野、初のワンマンライブをレポート

 6月25日に東京・WALL&WALLにて、7月16日に大阪・NOON+CAFEにて、シンガーソングライター/プロデューサーの春野が初めてのワンマンライブ『HARUNO #25-26 ONEMAN LIVE』を開催した。2017年にボカロPとしてデビューし、その後インストゥルメンタルアルバムを2枚リリース、そして2019年よりシンガーソングライターとして自らがボーカルも取る楽曲を発表するようになった、春野。初ワンマンの内容は、2017年からの音楽活動と自らのライフストーリーを総括し、次の章へと歩みを進めるための区切りとして位置付けられるものだった。本稿では、東京公演についてレポートする。

春野

 開演時間になるとBGMが落ちて、静寂に包まれた空間に春野が登場。キーボードの前にそっと立ち、その後もしばらく静けさが流れる。これまでインターネットの中で活動していた春野が初めてリスナーの前に立つ機会ということもあり、オーディエンスは集中力を研ぎ澄ました視線で春野を見つめている。緊張感と期待が高まる中、大きく息を吸ってから歌い出したのは「燃える夜」。

 その後「ターミナルセンター」「Broadcast」と、シンガーソングライターとして初めてリリースしたEP『CULT』に収録されている楽曲を、EPと同じ曲順で披露していく。途中で「初めまして、春野です。やっとみんなの前にこうやって立つことができました。みんなのおかげです」と挨拶を挟みながら「MIST」、21歳の出来事を振り返った「21」を披露。ライブの序盤で披露した楽曲たちは“痛み”“失う”“別れ”といった言葉が目立つ。トラックも、誰かの身体や心を動かそうとするビートというよりも、孤独な場所で吐息とともに吐き出したもののように聴こえてくる。

 「……もっと、リズム取っていい。僕が動いてるときは動いてくれてもいいです。次、続けて2曲、ノリノリでいこう。といっても、ノるのが難しいかもしれないです」と、オーディエンスを巻き込みながら「Wavelet」へ。春野のMCは、音楽のトーンや温度感と近く、しゃべり方と歌い方の境界線が薄いことが印象的だった。そこから「Dance At The Moonlight feat. kojikoji」「cash out feat. brb.」「D(evil) feat. yama」とコラボレーション楽曲を立て続けに演奏。このあたりで、ハッと気づかされた。このライブは、もうこれ以上傷つきたくないと殻に閉じこもっていたところから、誰かとともに生きようと決意し外へ向かう、春野の変化のストーリーを表現する舞台であるということを。

春野
 そもそも春野は、自身の声や外見にコンプレックスを抱えていたためにボカロPという活動方法を選択した過去がある。その後、自身で歌うことを選び、さらには自分の姿を表に出すことを決意するまでに至った。インタビューで語ってくれていたように(※1)、今年2月にリリースした最新EP『25』は、2019年頃から春野に纏わりついていた不幸やつらい想いから抜け出すべく、劣等感や希死念慮を糧に音楽を作っていた自分に区切りをつけて、新しい生き方と表現方法を手に入れるための作品だった。春野にとって音楽活動開始から『25』を完成させるまでの5年間は、自分に対する劣等感よりも尊厳を大きくして、なりたい自分になるために、ゆっくりと歩みを進めてきた年月。その過程で、ひとりの人間として失ったものや憂いたものもあった。自分で自分を守るかのように殻に閉じこもっていた日々もあった。でも今は、誰かとつながろうとしている。「インターネットだけじゃ物足りなくなって、こうやってライブをやったんですけど、今すごく楽しいです」と、初めてオーディエンスを目の前にした春野から出てきた言葉たちは、とても切実だった。

 そんな春野の生演奏を聴きたい、姿を見たい、と願ったファンの数は多く、この公演のチケットは先行発売の時点からキャパシティを大きく上回る応募数が殺到したようだ。そんな状況の中でも、決して大きくないこの会場を選んだ理由について「これから先、もしかしたらこんなに近いところでみんなの前で歌えることはなくなっちゃうかもしれないんだけど。こうやって顔が見えるあなたたちを満足させることができずして、より多くの人たちを満足させることはできるのだろうか。いや、できない! と思ったんだよね」と語った。人が「変わりたい」と願ったとき、いきなり性格や考え方を入れ替えて大変化を遂げるなんてことはありえなくて、なんとか一歩ずつ足を進めていくことが豊かな変化へとつながっていく。コンプレックスもトラウマも一気に消すことはできないが、「意志」を持つことから変わり始める。まずこの場所でライブをすることを選び、ここで今日までの人生を総括するライブを繰り広げたという事実が、そんなことを示していたように思う。

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