米津玄師はいかにしてポップソングの担い手となったのか 革新と広がりをもたらした10年の歩みを振り返る

 3rdシングル『Flowerwall』まではギターロックサウンドが主だったが、2015年リリースの4thシングル表題曲「アンビリーバーズ」では、“ギターを使わない”、“ほとんど打ち込みで完結させる”など自ら制約を設けることで新境地の開拓を試みた(※3)。ここでギターレスのエレクトロにトライしたからこそ、ヒップホップ/R&Bに接近した4thアルバム『BOOTLEG』(2017年)が生まれたのだろう。これがサウンド面における大きな転換点となり、例えばリズムに関しても、縦の線をかっちり揃えたものからレイドバックさせたものまで多様に(「Moonlight」が特に象徴的)。また、菅田将暉とのコラボ曲「灰色と青」ではコーラスにエフェクトがかけられていて、後にそれがオーケストラとデジタルクワイアを掛け合わせた「海の幽霊」(2019年)の神秘的な音像へと繋がる。

米津玄師 - アンビリーバーズ , Kenshi Yonezu - Unbelivers
米津玄師 - 灰色と青( +菅田将暉 ), Kenshi Yonezu - Haiirotoao(+Masaki Suda)

 『BOOTLEG』には、「灰色と青」の他にも、池田エライザとの「fogbound」、DAOKO×米津玄師による「打上花火」のセルフカバー、常田大希(King Gnu、millennium parade)ら同世代のミュージシャンとともに作り上げた「爱丽丝」など多数のコラボ曲を収録。様々なコラボを通じて“他者と交わる”ことを積極的に行ってきた2016~2017年の集大成といえる内容だったが、他アーティストと交わるという意味では、振付師・辻本知彦との出会い、ダンスという身体表現の獲得のきっかけとなった「LOSER」は一つのターニングポイントだったことだろう。また、「海の幽霊」のオーケストラアレンジを担当した坂東祐大との出会いも大きな出来事だったはずだ。「海の幽霊」以降、坂東は共同編曲者・弦楽編曲者としてほとんどの曲にクレジットされており、米津の制作のパートナーとなっている。

米津玄師 - LOSER , Kenshi Yonezu
米津玄師 - 海の幽霊 Kenshi Yonezu - Spirits of the Sea

 2018年にリリースした「Lemon」は、米津が『diorama』の頃から向き合ってきた死や喪失を扱った楽曲であり、そんな楽曲が美しいバラードとして結実したこと、後に時代を代表するヒットソングとなったことに巡り合わせを感じた。コロナ禍の世の空気が反映された5thアルバム『STRAY SHEEP』(2020年)を通じて、民衆を導く神のような存在ではなく、混沌とした時代に悩みながら生きるいち表現者として、時代の真ん中に立つ覚悟を示した米津。『STRAY SHEEP』以降は、恋に落ちている最中の激しい感情を純度高く表現したラブソング「Pale Blue」、壮大かつ凛とした佇まいの『シン・ウルトラマン』主題歌「M八七」をそれぞれ表題に据えたシングルをリリース。古典落語をモチーフとした「死神」や、道化のような恰好に変身するMVのイメージから膨らませていったという「POP SONG」などユーモア溢れるカップリング曲も印象的(これまでのキャリアにおいては“他者と交わる”ことが音楽性の拡張にも繋がっていたが、この2曲は“自分自身が別のものになる”楽曲だという点も興味深い)で、こんな引き出しがあったのかとまだまだ驚かされることばかりだ。

米津玄師 - Pale Blue / Kenshi Yonezu

 日本音楽シーンの第一線で活躍するアーティストにもかかわらず天井が一切見えないこと、聴き手の予想を裏切る形で期待を飛び越えていくところが米津玄師の面白さでありおそろしさであり、目を離せない理由だ。変化し続けるその姿をリアルタイムで追えることを幸運に思う。

米津玄師 - M八七  Kenshi Yonezu - M87

※1:https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi
※2:https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi03
※3:https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi06

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