ゲスの極み乙女。 予想を“裏切り”続けてきた10年間の歩み ベストアルバム『丸』マッシュアップMVの革新性を紐解く

ゲスの極み乙女。予想を裏切る10年の歩み

 5月11日に結成10周年を迎えたゲスの極み乙女。は、約35分の尺となる“1曲入り”のベストアルバム『丸』のリリースを行った(同時に全41曲入りのベストアルバムも配信リリースされている)。この1曲入りのベストアルバムに収録されている楽曲が「Best track」という作品で、YouTube上でMVが公開されている。1曲なのに35分……? と思うリスナーもいるかもしれないが、実はこの曲、全25曲のゲスの極み乙女。の楽曲をマッシュアップしてまとめあげたものとなっている。

ゲスの極み乙女。「丸」Best track

 マッシュアップとは、複数の楽曲を重ねて再生して一つの楽曲に仕立てる手法で、一般的にはDJが行うものというイメージがある。今回ポイントなのは、バンドであるゲスの極み乙女。が、このマッシュアップという手法を取り入れ、楽曲を分解/再構築した、ということ。

 なぜ、バンドであるゲスの極み乙女。がマッシュアップを取り入れることがポイントなのかというと、バンドの楽曲の多くがマッシュアップを前提に作られていないからだ。実際、楽曲をこういう魅せ方をしたバンドは自分の記憶では思いつかないし、その想定で作られていないものをその形に落とし込むのは容易くないと想像する(DJ文化が根付いている音楽ジャンルかどうかも、ポイントといえる)。しかも、ゲスの極み乙女。の場合、川谷絵音のソングライティングが卓越していることもあり、楽曲のジャンルが多岐に渡っており、マッシュアップの難易度をさらに上げている印象がある。

 思えば、川谷はデビューから一貫して“シーンで画一的になりがちになっている音楽アプローチとは違う視点で楽曲を作る”側の人間だった。初期の代表曲である「キラーボール」も、ダンスロックにおける“ベタ”なアプローチから逸脱したからこそ、大きなセンセーショナルを生み出した楽曲だった。フェスで約30分間ライブをする場合でも、既存のヒットソングに大胆なリミックスを行い、定番になりがちのオーディエンスの“ノリ方”を変えてみせたり、4人のアンサンブルに長い尺を使って演奏で惹き込んでみせたりと、リスナーの“当たり前”を常に更新する音楽性とパフォーマンスを行ってきた。

 当然、マッシュアップをするためには、曲を重ねた部分で違和感を覚えないようにする必要がある。そこで重要なのが、BPMを揃えることと、不協を生まないキーの重ね方をすることだ。加えて、仮にBPMが同じでキー的に問題がなかったとしても、楽曲同士の主張が強い故に、組み合わせた際のかみ合わせが悪くなってしまっては元も子もない。バンドサウンドはここがジレンマになりがちだ。さらにゲスの極み乙女。は、情報量が多い楽曲も多数存在する。川谷のボーカル(あるいはラップ)をはじめ、テクニカルな演奏を随所で見せてくる全パートの存在感が強いため、どうしてもマッシュアップの難易度も上がってしまうわけだ。(だからこそ、今作の革新性が際立つわけだが)

 そんな主張が強いはずのゲスの極み乙女。の楽曲(サウンド)たちが、「Best track」では美しい折り重なり合いをみせている。

 今回マッシュアップを担当したのは、メンバーのちゃんMARI。トラックメイカーのPARKGOLF協力のもと、メンバーが選んだ楽曲に複数曲追加して、完成させた。個性的なゲスの極み乙女。のサウンドにおいて、ちゃんMARIがキーボーディストとして果たしている役割は大きいが、「Best track」の繋ぎを聴くと、改めてちゃんMARIのリズムアプローチやグルーヴの感度、各楽曲の解像度の高さを実感する。

ゲスの極み乙女。 - 猟奇的なキスを私にして

 例えば、楽曲冒頭は「猟奇的なキスを私にして」の最初の1フレーズから始まる。そこから、「光を忘れた」のドラムロールが絶妙な形で差し込まれ、同曲へと切り替わる……かと思えば、「光を忘れた」のひとつの目のサビが終わる辺りで、「猟奇的なキスを私にして」のギターのイントロのワンフレーズが繰り返されていることを確認できる……かと思えば、「猟奇的なキスを私にして」のサビのボーカルや2番のラップ、さらには楽曲のキーポイントとなる〈知らない〉のフレーズをここぞの形で聴くことになる。

ゲスの極み乙女。 - ラスカ

 このように、複数の楽曲が折り重なって「Best track」は進んでいくわけだが、楽曲を聴き進めていくと「おっ!」となる場面にたびたび遭遇する。「サリーマリー」と「ラスカ」の混ざり合い、「sad but sweet」と「影ソング」の2楽曲の再構築、「両成敗でいいじゃない」→「人生の針」→「私以外私じゃないの」→「人生の針」と繋いでから「私以外私じゃないの」の頭をバチッと決める感じ。楽曲が持つビート感や演奏のキレ、通常の音源とはまた違う躍動感が際立つことになる。

ゲスの極み乙女。"キラーボール" (Official Music Video)

 「某東京」と「キラーボール」のパートではサウンドとラップパートをテレコにしているのが特に印象的で、疾走感あるサウンドの中で、まくしたてるようにフロウを構築している部分が、双方の楽曲にはないドライブ感をを生み出しており、「Best track」ならではの真骨頂のひとつとなっている。

 ……と、ここまで書いて気づく。冒頭ではゲスの極み乙女。の楽曲は多岐にわたっているからマッシュアップが容易くない、という話を述べたが、「Best track」を通して聴くと、逆に統一した世界観を感じることができているよな、と。少なくとも、25曲を聴いているという感覚はなくて、「Best track」という大きな1曲の中にメロ・サビ・間奏・大サビがあり、様々な起伏を感じつつも、1曲の中のドラマ性がそこに宿っている印象を受けるのだ。

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