アルバム『ストリーミング、CD、レコード』インタビュー
川谷絵音が語るゲスの極み乙女。の新基準、そして音楽における想像力の重要性「音楽が言葉を、歌詞を最強にする」
ゲスの極み乙女。が5月1日にアルバム『ストリーミング、CD、レコード』を配信リリースした。同作は、前作『好きなら問わない』から約1年8カ月振り、バンドにとって5枚目のオリジナルアルバム。6月17日には、ワンマンライブ映像を付属した豪華盤(Type-A/B)やバンド初となるアナログ盤のほか、“バームクーヘン”を同封した「賞味期限付きアルバム」の発売も予定されている。
タイトルからも読み取れる通り、今作を様々な形で楽しんでほしいというメッセージが込められている同作。川谷絵音が公式コメントで「ここから新しいゲスの極み乙女。が始まります」と宣言しているように、初期楽曲の賑やかさと近作の音楽的洗練をミックスした、新しいタイプの楽曲が並んでいる。
今回リアルサウンドでは、フロントマンの川谷絵音にインタビュー。なぜ、このタイミングでバンドの方向性の変化を試みたのか。そして、 indigo la Endやジェニーハイをはじめ、個々のプロジェクトを横断する川谷絵音が考える、ゲスの極み乙女。特有の強さとは。今作の制作エピソードとあわせて、音楽家としての矜持、言葉やサウンドに対する信念を聞いた。(編集部)
音楽がないと、僕は伝えるべき言葉を発信することができない
ーーゲスの極み乙女。は5月1日にアルバム『ストリーミング、CD、レコード』がまずデジタル配信開始されました。CDの代わりにバームクーヘンを入れた「賞味期限付きアルバム」など様々な形態でリリースされる本作ですが、今回、どうしてこのようなリリース形態になったのですか?
川谷絵音(以下、川谷):現在のコロナウイルスの影響とは関係なく、もともといわゆる通常盤CDを出さない計画だったんです。実際、海外ではすでに音楽ストリーミングが主流になっているけど、日本に関してはこういう事態に陥ったことによって、こぞってストリーミング配信やYouTubeなどの映像配信に力を入れるようになった。僕の場合は、常に新しいことをしていきたいという考え方が強いし、自分が正しいと思うことをひたすらやってきただけで。
今回のアルバムリリースに関してミーティングをしていた時に、ストリーミング配信が主体にはなってきているけれどジャケットを手にとってじっくり歌詞を読みながら音楽を聴く体験は変わらずに求めている人もいるんだろうなと思って、CDの代わりに美味しいものを入れておいたら喜ばれるんじゃないかっていう話が出てバームクーヘンを入れて発売しようということになりました。
ーータイトルについてお聞きしましょうか。
川谷:タイトルは単純に、これまでゲスの極み乙女。は漢字とひらがなを使った日本語のアルバムタイトルだったので、このタイミングで変えたいな、と。日本語を駆使してキャッチーな言葉を作るのがゲスの在り方だと思っていたんですけど、それをやめたいという思いもありながら、ちゃんとゲス的な面白さもある。打ち合わせで発売形態の話をした時、「ストリーミング、CD、レコードで出そうか」みたいな発言が出て、これがタイトルでいいじゃんと思って決めました。でも、誰もタイトルと思わないですよね(笑)。
ーーたしかに(笑)。内容としては歌詞やサウンド面で様々なアップデートをしつつ、構成に一貫性があると感じます。
川谷:今回はアルバムを通して、歌詞の内容は一貫しているなと思っています。「人生の針」から「マルカ」まで、やりきれない感じがずっと漂っているような雰囲気があって。「ぶらっくパレード」でデビューしてから、他者との関わり方や社会に物申す感じであったり、そういう棘のあるバンドとしてこれまで活動してきたんですけど、今はその棘の使い方がだんたん変わってきたと思います。切なさの中に、棘の要素を落とし込めるようになったというか。これまでは「僕は芸能人じゃない」や「あなたには負けない」とか、わかりやすい言葉を詰め込むような曲があって、それがゲスらしいと思っていたけど、今はそういうやり方は美しくないと考えるようになって。
ーー今作では、メランコリックな音とアイロニカルな表現が同居していますよね。そんな中で、「問いかけはいつもためらうためにある・・・」では、川谷さんの今伝えたいことが端的に表現されている印象を受けました。“ためらう”という言葉に込めたものは。
川谷:特に今の時期はSNSに不満が溢れていると思うんですけど、ただ不満を見ていて良い気持ちになる人って少ないじゃないですか。不満を言うことが間違っているという意味ではなく、ただ不満を口にしたりSNSでそのまま発信することが美しくないと思った時期があって。そのときに作ったから歌詞にも、そういう一貫性が出たんだと思うんです。
僕はもう、このタイミングでストレートな言葉や伝え方で気持ちを発信する気はあまりないというか、毎回発信する前に思いとどまるんです。やっぱり、言葉の持つ力って強すぎるんで。音楽がないと、僕は伝えるべき言葉を発信することができない。というか、だから僕は音楽をやっているんだということが、今回の作品を聴き直して改めて分かったんです。僕にとって音楽を作ることは、日記と似ているところがあって。音楽を通して自分はこういうことを感じていたのか、と整理ができる。実際、曲を作った時期はバラバラではあるんですけど、集中して形にしたのは年末年始の時期だったので、今の気持ちという解釈は間違いではないです。
ーー「音楽がないと、伝えるべき言葉を発信することができない」というのは興味深い視点ですね。言葉だけでは伝わらないものが、音楽を通して伝えることができる。
川谷:先ほど話したゲス特有の棘も、今の時代に合っていると思うけど、言葉だけでは届かない。今の時代、SNSを見ていても他者に対してすごく厳しくなっているけど、そこに正解はないと思うんです。個人の正解は、その個人の中にあるので。ただ、音楽でものを言うことに関しては、不思議と言葉の効力が薄れるんですよ。例えば、Twitterの140文字で伝えると、いろんな悪意の餌食になる可能性もあると思いますが、音楽がそうなることはほとんどありませんよね。音楽が言葉を、歌詞を最強にするんです。だからこそ、僕は音楽を作る人間なんで、今は音楽家としてあるべき姿、やるべきことをゆっくり考えていきたいと思っています。
ーー音楽が言葉を最強にする、というのは川谷さんならではの解釈ですね。音楽に乗った言葉、歌詞特有の力とはどんなものだと思いますか。
川谷:あくまで個人の意見ですが、僕はすべて説明書きしているようなものは、歌詞ではないと思っていて。人が想像する部分を残す、人によって受け取り方が変わるのが歌詞の魅力なんじゃないかなって。テキストにしてしまうと言葉の受け取り方は人それぞれ、という認識になりずらいし、自分が一番正しいと思い込む人も出てきてしまう。でも、歌詞に関しては作者が語らない限り、正解はいろんなところにあるんです。他の人と受け取り方が違っても、それを間違いだっていう人は少ないじゃないですか。
ーー音楽の歌詞は、解釈が万人に開かれていると。
川谷:ただの言葉と歌詞、何が違うんだろうと考えた時、ひとつは想像力だと思ったんです。僕も人のことはあまり言えないですけど、想像力の重要性はすごく感じていて。例えばネットで特定の人を中傷して逮捕者が出たり、何気ない一言が炎上する時代ですけど、それも発信者や受け取る側の想像力の欠如がひとつの要因で。それに対して音楽は想像力を前提として成り立っている。歌詞を含めて想像力を働かせて体験するものだからこそ、解釈は人それぞれ自由だし、そういう状況も起こりにくいのかなって思います。