松下奈緒、自分をさらけ出す嘘のない音楽作り コロナ禍で実感した、エンターテインメントを楽しむ大切さ
“音楽をおもいっきり楽しまなくちゃ!”がコンセプトとなっている、3年ぶりのオリジナルアルバム『FUN』を4月13日にリリースした松下奈緒。そこで、本作へ込めた想いはもちろん、女優と音楽両方の表現を大切にしながら活動してきた今日までのストーリー、5月より開催される『JAバンクpresents 松下奈緒コンサートツアー2022 -FUN-』への意気込みについて、松下に語ってもらった。今回のアルバム同様、彼女の人間性溢れるインタビューになっているので、ぜひご一読いただききたい。(平賀哲雄)
自然体のまま両立できている女優とピアニスト
ーー女優としても、アーティスト/ピアニストとしても活躍している松下さんですが、表現者として活動しようと思った最初のきっかけは何だったんですか?
松下奈緒(以下、松下):3才の頃からピアノを弾いていたんですけど、小学校6年生のときに音大生のピアニストが主人公のテレビドラマ『ロングバケーション』(フジテレビ系)にハマりまして。「セナのピアノ」という楽曲の演奏シーンがあったりして、ピアノを習っていた幼い私からすると、音楽も好きだったからそういうシーンも楽しく観ていたんですけど、それでヒロインの(葉山)南ちゃん役の山口智子さんとテレビ越しに出逢って「私もこういう人になりたい」と思ったことが最初のきっかけですね。ただ、そのときは女優という職業があることも知らないし、漠然と「南ちゃんみたいになりたい」と思っていたんですよ(笑)。ーー子供らしいエピソードですね。
松下:それぐらいドラマに没頭していたんです。でも、次第に「山口智子さんという女優さんが演じられていて、フィクションの世界をドラマとして描いていたモノを私は楽しんでいたんだ」と理解していって。それで「普段の自分と違う人になれる女優さんって楽しそうだな。私もいつか女優さんになりたい」と漠然と思っていたんです。あと、合唱コンクールなどでピアノの伴奏をやっていたりして、その頃から人前で何かをすることは嫌いじゃなかったんですよね。みんなに「わぁ、すごい」って言われて嬉しかったですし(笑)。
ーー小学生にして人前で何かを表現していく面白さは感じていたと。
松下:小学校で「何か弾いて」とよく言われていて、安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE?」が流行ったときにピアノで弾いてみたら、みんながすごく喜んでくれて。そのときのちょっとした高揚感と緊張感が心地良かったことを今でも覚えているんですけど、それがステージに立って何かを披露している今の原点になっているんだろうなと思います。簡単なモノですけど、当時から作曲もしていましたし、音楽は自分のひとつの表現方法になっていたので、そう考えると幼少期から今に至るまでブレはないのかなって。
ーーピアノは何がきっかけで弾くようになったんですか?
松下:母親がずっとピアノを弾いていたので、物心ついたときからピアノは家にあったんですよね。それで、最初は母親がやっていた音楽教室の発表会に「かえるの合唱」で出たんですよ。3才ぐらいだったので、それがどういうことか分かっていなかったと思うんですけど、ステージに立って「かえるの合唱」を弾いて、おもちゃの犬をもらって帰っていく映像が今も残っていて(笑)。そうやってご褒美がもらえるから、よく分からないなりにピアノを弾いていたんですけど、母親曰く「嫌そうじゃなかった」らしいんですよ。私は嫌だったら「嫌だ」と言う子供だったらしく、でもピアノはひとりで椅子によじ登って弾いたりしていたみたいなんですよね。
ーー幼いながらに楽しいと思って弾いていたんでしょうね。
松下:それで音楽教室に通っていく中で「この曲を弾けるようになりたい」とか「こういう曲を書いてみたい」と思うようになって、それがずっと続いていって自然と音楽大学に通うようになったんです。
ーーそこからどのような流れで、女優とピアノの両方の道を歩んでいくんですか?松下:女優としてデビューするきっかけも音楽だったんですよね。役柄が音大生だったんですけど、ピアノを「吹き替えなしで弾けます!」と言ったら、それありきで役をいただけて。舞台が音大だったので自分と境遇も似ていたし、共通項が多かったから無理なく女優の世界への一歩目を踏み出すことができたんだと思います。そういうスタートだったので、そこから「演技も音楽も両方面白い!」とより強く思うようになって、女優と音楽のどちらかを選ぶような考えもなくなって、両方やっていくようになったんです。
ーーナチュラルに今のスタイルで活動していくことになったと。
松下:そうですね。なので、ピアノを続けてきてよかったなって思いました。そういう演奏シーンって表情は女優さんで、ピアノを弾く指はピアニストの方を呼んで別撮りすることがほとんどなんですけど、私の場合は「顔から指先まで吹き替えなしで撮影できます!」みたいな自信を持ちながら(笑)、女優として初めての現場に臨むことができたので、ピアノが常にそばにあったことは大きかったです。もちろん、そこから演技も音楽もクオリティはどんどん上げていかなきゃいけなかったんですけど、基本的に自分のスタイルややりたいことは常にブレていなくて、この15年間ずっと女優と音楽の両方を続けることができました。
「お芝居も音楽も、正解がひとつじゃないから挑戦できる」
ーーちなみに、女優を続けていく中で「私の天職だ」みたいな感覚が芽生えたのはいつ頃ですか?
松下:それはどうでしょう。答えがひとつだけなら、それが分かった時点で完結しちゃうと思うんですけど、お芝居は正解がひとつじゃないので、満足することは一生ないと思うんですよ。仮に自分が「もうちょっと」と思っても、監督が「OK」と言えばそれも正解になるし、その逆も然りですよね。なので本当に難しいんですけど、ゆえに挑戦し続けられる。それは音楽でも同じことが言えますよね。誰かが「OK」と言っても「本当に?」と思うこともあるので、常に「もっと良くできたんじゃないか」と探求している自分がいて、だからこそいつまでも試行錯誤しながら、自分と戦いながら続けていくことができるんだろうなって。
ーーその正解がひとつじゃない戦いの中で、合格ラインは毎回どのように決めているんですか?
松下:お芝居に関して言うと、監督の「OK」という声ですね。あまりにも自分の中で不完全燃焼だったら「もう一度やらせてください」と言いますけど、それ以外は「OK」をいただいたら「これでOKなんだ」と信じる。ただ、音楽に関しては、自分でピリオドを打たなきゃいけないことが多いんですよね。ディレクターさんはいてくださいますけど、ピアノのレコーディングは自分で「良いな」と思えないと完成しないんですよ。でも、完全に「今、できたな!」と思うひとつ前のテイクを狙うようにはしています。90%ぐらいの完成度で「今の良かったよね?」と思ったら、大体みんなも「良い」って言うんですよ。そこから「もっと良くしよう」と欲を出すと必ずダメなんですよね。みんなで「良いよね」と思えるモノって偶然の産物だったりもするから、そこからいろいろ考えて手直ししちゃうと違うものになってしまう。なので、音楽は本当に生モノだなと思いますね。
ーー女優としてブレイクしていく真っ只中、2006年に1stアルバム『dolce』をリリース。ピアニスト&作曲家としてデビューされたわけですが、当時はどんな心境で制作に臨んでいたんですか?
松下:それまでクラシックをずっと勉強してきて、モーツァルトとかリストとかショパンとか様々な曲を練習しながら、その合間で自由に曲を書いたりもしていたんですけど、いざそれを形にしていくとなると「本当に大丈夫かな?」と思って(笑)。3才からキャリアは積んできたけれども、いろんな人に曲を聴いてもらえる環境にはいなかったから「アルバムを制作してリリースします」となったときに急に怖くなっちゃったんですよね。アルバムのコンセプトなんて考えたこともなかったし、やりたいことはいろいろあるけど、それをどう形にして、どう伝えればいいのか分からなくて。でも、アーティストはそういうことを考えてるんですよね。何気なくいろんなアルバムを手に取って聴いていたけど、ただ好きだから聴いていただけだったので、そこにちゃんとコンセプトや想いがあるところまでは知らなかったんですよ。だから「ただピアノを弾いているだけじゃダメなんだ」と思って。
ーー役者が歌手としても活動するパターンはたくさんありましたけど、クラシックピアノのインストゥルメンタル作品をリリースするケースはそれまで見たことがなかったので、衝撃を受けたことを覚えています。
松下:私も衝撃でしたよ(笑)。演奏家としてクラシックのアルバムを出す方はたくさんいらっしゃいますし、私も昔はそういう風になりたいと思っていた。けれども、オリジナルの曲や、別のアーティストさんが私のために書いてくれた曲を演奏して、それが1枚のアルバムになるーーこれはまた別モノじゃないですか。より自分を出さなくちゃいけない。あと、インストゥルメンタルは大好きだし、自分でも「書きたい、作りたい」という衝動は生まれますけど、歌声も歌詞もない分だけ聴き方の自由度も高いし、好き嫌いも分かれやすいんじゃないかなと思って。インストに興味がない人にはスルーされてしまうだろうし、でも「BGMでは終わりたくない」という想いもある。とはいえ「インストでメッセージってどう伝えればいいの?」とすごく悩んだりもして、それこそ正解が見えない戦いでしたね。
ーー最終的にどう結論づけたんですか?
松下:いや、結論は出ていないです。だからこそ、誰かが「好き」とか「あの曲、良いよね」とポロっと言ってくれたことがすごく嬉しくて。歌詞のあるボーカル曲に対して「あの曲、良いよね」というのはよく聞く言葉だけど、インストに対してそう言ってもらえることって希少だと思うので、そういう声を耳にすることで「アルバムを出して良かったな」という気持ちに昇華していったところはありましたね。1stアルバム『dolce』をリリースしたのは15年以上も前になりますけど、そんな感じでたくさん悩みながら制作したので、今振り返ると「よくやったな」と思います(笑)。その後のアルバムを完成させていく流れとはまた違った気持ちで臨んでいたので。