藤井風、洋楽カバーに見る音楽への深い理解 選曲、アレンジなどから創作活動の原点に迫る

 2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』をリリースした藤井風。

 言葉とメロディが織り成す極上のグルーヴとその類い稀な演奏力は、まるで現代のスティーヴィー・ワンダーとでも言うべきか。人々の心に深く突き刺さる名曲を次々に生み出すソングライティングのセンスと洗練されたイメージは、さながら日本のビリー・ジョエル、あるいはそのスター性に至っては、彼が敬愛するマイケル・ジャクソンを引き合いに出しても、今なら言い過ぎではないかもしれない。昨年末の『第72回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に出場した際には、大トリのMISIAの舞台にも登場し演奏とコーラスを務め上げ、さらに今年3月には芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いを見せている。

 さて、そんな彼の魅力の一つが洋楽カバーである。今でこそ曲を書いてよし・歌ってよし・弾いてよしの三拍子揃ったミュージシャンとして評価を固めつつある彼だが、もともとはYouTubeに投稿していたピアノの弾き語りによるカバー動画で注目を浴びた存在だった。ここ日本でも人気のビリー・ジョエル「Just The Way You Are」や、エルトン・ジョン「Your Song」といった名曲カバーの再生回数はいずれも現時点で200万回を超え、自身のオリジナル曲とまではいかなくとも十分な注目を集めている。10年以上前に始めたこのカバー動画の投稿は、ある意味で彼の創作活動の原点と言えるだろう。これまで発売した2枚のアルバムはどちらも初回盤に特典としてピアノアレンジによるカバー集を収録していることからも、カバーが彼にとって重要な表現形態だということがうかがい知れる。

Billy Joel - Just The Way You Are (cover)
Your Song - Elton John

 ちなみに昨年、1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』の初回盤に付属していた特典ディスク(洋楽カバー集)のみを改めて再発するという異例の措置が取られたが(2021年5月20日発売『HELP EVER HURT COVER』)、特典盤のみを再リリースというのはほとんど他に例がないように思う。初回盤そのものを再プレスすることはあっても、付属ディスクだけを後になって再発売するなど極めて稀なケースだ。それだけ彼のカバーが多くの人々に求められているということなのだろう。そんな藤井風のカバーの魅力に改めて注目してみたい。

ジャンルも世代も知名度も問わない幅広い選曲

 まずはその選曲の幅広さである。彼がカバーする作品は、自身にとってリアルタイムではない50年以上前の作品から現行のポップミュージックまで、誰もが知るスタンダードからマイナーなものまで範囲が広い。

 例えば、2ndアルバム初回盤付属の『LOVE ALL COVER ALL』収録の「Sunny」はボビー・ヘブの作品だが、これは1966年に発表された楽曲だ。もちろん当時彼は生まれてすらいないし、どちらかと言えば彼の親の世代の楽曲である。ただ、スタンダード化している(日本を含む世界中にカバーが存在する)ため、ボビー・ヘブのことは知らなくとも誰もがどこかで耳にしたことがある曲なのは間違いないだろう。そしてシンプルな楽曲ゆえに、ピアノの弾き語りがしやすい曲でもある。

 一方で、次の2曲目「No Tears Left To Cry」はアリアナ・グランデの楽曲で、原曲は音楽シーンが完全デジタル化して以降のエレクトロニクス全開のポップスだ。本人曰く「予想できない展開」が「音楽的に面白い」と選曲の理由を明かしているが、この曲をピアノでカバーするという発想自体、何でも弾きこなせてしまう彼ならではのものだろう。

 このようにジャンルも世代も知名度も問わない、かつピアノで弾ける、弾けないに関わらない縦横無尽な選曲がされているのが彼のカバーの魅力の一つである。

音楽に対する深い理解と真摯な姿勢

 一流のアーティストは同時に信頼できるリスナーでもある、というのが筆者の持論だ。スペースシャワーTVで放送された特集番組『V.I.P. -藤井 風- LOVE ALL “COVER” ALL SPECIAL』では、彼の音楽リスナーとしての姿勢を垣間見ることができる。主にコード進行に対する強い好奇心を確認できるが、とりわけ7曲目の「Weak」についての解説が興味深かった。

 原曲は90年代に活躍したR&Bグループ・SWVが1993年に発表した曲で、彼はそのコード進行に衝撃を受けたという。それがサビで登場する13thというコードだ。ポップスではめったに用いられないこの複雑な和音について、番組では珍しく熱を上げて語っている。実は自身のYouTubeでも2018年にすでに投稿しているのだが、その時のカバーは自身では納得がいっておらず、今作に収録したのはそのリベンジだというのだ。

SWV - Weak (cover)

 つまり、ある曲に対して、一度の理解では終えずに、何度も考察を重ねて解釈し直すという作業が彼の中では行われている。そこから受け取れるのは、音楽を一面的でなく多面的・多層的に捉えて、深いところで理解しようという姿勢だ。音楽の価値が一時の数字で判断されがちな現代において、彼のこうした姿勢は非常に真摯な態度だと思う。そしてこの姿勢は、彼の表現者としてのスタンスにも貫かれていると感じる。

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