藤井風の“与える力” 新曲「燃えよ」も披露、歌とピアノのみで日産スタジアムから発信した世界への癒し

 9月4日にYouTubeにて生配信された『Fujii Kaze “Free” Live 2021』は、藤井風というアーティストの力を、純度高く体験できる最良の時間であった。

 広いスタジアムの中央に、ぽつりと佇むグランドピアノ。そこで彼は「罪の香り」をアレンジして弾きはじめた。どことなく重みのあるタッチで奏でられたその音色には、苦しさと悲しさが入り交じっている。上空は生憎の曇り空。雨も降っている。まるで我々の気持ちを表すかのように、ライブはどんよりとしたモノクロの映像でスタートした。

 終わりの見えないウイルスとの闘いに世の中が疲弊している。今回の会場となった日産スタジアム(横浜国際総合競技場)のすぐ隣にも、コロナ患者を受け入れている横浜労災病院があり、この夏はほぼ満床の状態が続いていたという。加えて、2019年のラグビーワールドカップの開催地としても記憶に新しいこの会場は、近くを流れる鶴見川の氾濫を抑えるための遊水池機能を備えている。大雨の際に川から水を引き込み洪水被害を防ぐのだ。医療施設と治水機能。いわば市民の“健康”と“安全”を守る場所。そうした地で本公演は行われた。

 最初に歌ったのは「きらり」。Honda「VEZEL」のCMソングとして起用されたこの曲は、今年5月のリリースからすでにストリーミングの累計再生数が自身初の1億回を突破したという。昨年のデビュー以来、彼の作品は着々と世に広まっている。それを端的に感じられたのが8月上旬の出来事だ。ちょうど東京五輪が閉会した翌日だったと記憶しているが、彼が4年前にYouTubeに投稿したキャロル・キングの「You’ve Got a Friend(邦題:君の友だち)」のカバー動画を、キャロル本人がInstagramのストーリーで紹介したのだ。さらにこの曲をカバーして大ヒットを記録したジェイムス・テイラーも呼応するようにポストしていたが、彼の歌声がこうした音楽界の“生きるレジェンド”たちに届いたのは、紛れもない彼の才能の証だろう。

 藤井風の音楽は、そうした色褪せない名曲たちを血肉としつつ、その上で現代の人々の求める“何か”を宿らせているように思う。まさにキャロルが生み出した不朽の名盤『Tapestry(邦題:つづれおり)』が70年代当時のアメリカに漂っていたある種の疲労感を癒したように、彼の音楽もまた今の日本を救い(藤井風の音楽がもたらした人々への“救い” 日本武道館ライブ、奇跡のようで必然の一夜)、人々を元気付けているのだ。とりわけこの「きらり」には、今この荒れ狂う時代を軽やかに駆け抜けていくような爽やかさがあり、聴く者の心を弾ませる力を感じる。感染防止対策の観点から無観客での開催だったため、歓声もなければ拍手もない。「これが今のありのままの現状を表しています」と言って見渡した人っ子ひとりいない客席が、何よりも現在の世界の状況を雄弁に物語っていた。しかし、彼の持つその“何か”に引き寄せられ、このライブ配信のリアルタイム同時接続数は17万を超えていた。彼の持つ力を、今多くの人々が求めているのだ。

藤井風「燃えよ」
藤井風「燃えよ」

 「マイケル・ジャクソンが生きとったら、どんな曲を歌っていたんじゃろな」と、ふいにトレードマークの岡山弁で“レジェンド”に思いを馳せる一幕があった。アーカイブではカットされているが、実はこの日、彼はマイケルの「Heal the World」をカバーしていた。“Heal the World”=世界を癒そう。前述したこの会場が持つ背景を考えれば、このライブの最大のテーマと言える選曲。世界へ向けた彼からの祈りである。続いて披露された新曲「燃えよ」も印象的だった。鍵盤の上を軽快に、かつ華麗に指が飛び跳ねる。疾走感の中にも力強さがあり、聴いていると背中を押されるような感覚があった。人々を癒し、パワーを与える。藤井風という音楽家がなぜ今これほどまでに注目を浴びているのか。それは、彼に“与える力”があるからだと思う。



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