【特集】グローバルを取り巻く“ロック”の再評価
連帯から生まれる新たなロックバンドのムーブメント black midi、BCNR……拡大続けるサウスロンドン・シーン中心に考察
2010年代以降、音楽シーンの潮流の変化の中で、ギターサウンドを主体としたロックバンドのブレイクがことさら少なくなっていった昨今だが、ニューカマーやシーンの担い手が途絶えたわけでは決してない。イタリア発のMåneskinが世界的なヒットを飛ばす一方、英米のインディシーンに目をやると、ギター、ベース、ドラムといういわゆるロックサウンドを奏でるバンドたちが、実に刺激的な音楽活動を行っている。そして、決して少なくない数のリスナーたちが、そんなバンドたちに夢中になっていると言えるだろう。本稿では、black midiやBlack Country, New Roadなどが台頭しているUKのサウスロンドン・シーンを中心に、2020年代のバンドの動きに注目。そこには、集まること、連帯することの意味を否が応にも考えさせられる時代の、ロックバンドならではのロマンが浮き彫りになっていった。(編集部)
インディペンデント精神を持って拡大するサウスロンドン・シーン
ここ数年で一番大きな盛り上がりを見せたギターバンドのムーブメントは、なんと言ってもUKのサウスロンドン・シーンだろう。Shame、Sorry、HMLTD、Goat Girlなど、サウスロンドンのライブハウス・ウィンドミルを拠点としていた彼らはライバルとして戦うのではなく、連帯しムーブメントを作り上げ、そして一緒に大きくなっていった。ウィンドミルで行われていたFat White Familyのライブを観に行っていた仲間たちでShameが結成されて、初めてウィンドミルでライブを行う際に「一緒にやらないか」とShameが声をかけて連れてきたのが、同級生バンドのGoat Girlだった(※1)。「ノースロンドンにすごいバンドがいるんだ!」と興奮してSorryのことを話すShame。HMLTDの髪型のことを語るにはゆうに3000字以上が必要で……シーンの始まりは友人同士のそんな小さな集まりからコミュニティが作り上げられ、その輪がどんどん大きくなっていった(※2)。音楽性がバラバラだったにも関わらず同じシーンだと見なされたのは、サウスロンドンのシーンが音ではなくアティテュードで繋がっているからなのだろう。価値観を共有し合える仲間と一緒に自分たちが良いと思えることをやる。レコード会社やメディアが主導したわけではないシーンの始まりは、それが全てだった。
アンダーグラウンドの小さな集まりだったサウスロンドンのシーンがここまで盛り上がったのは、良質なバンドが揃っていたというのももちろんあったが、それと同じくらいにバンドの良さを知らしめ、ローカルのコミュニティを広げていくような存在があったということが大きかったのだろう。すなわち『So Young Magazine』の存在だ。『So Young Magazine』はインディペンデントの音楽雑誌で、載せるバンドのセレクトに、記事・表紙のデザイン、マーチャンダイズの展開に至るまで全て自分たちで行うDIYのスタイルを貫き、そして非常に現場感覚が高かった。レコード会社が薦めるバンドをそのまま雑誌に載せるのではなく、自らが良いと思えるバンドを能動的に探し、コンタクトを取り情熱を持ってプッシュする。雑誌だけではなく、積極的にライブイベントを開催し、その熱を直接体験できる機会を作る、それが新しいものを常に求める好奇心旺盛な人間の心を刺激した。Shameのようなある程度人気を獲得したバンドとまだ音源が出されていないような新人バンドを組ませることで、新たな出会いが生まれ、ファン同士の交流やバンドの繋がりが生まれる。そこに出演するバンドが良ければ信頼が生まれて、ここに行けば新たな出会いがあると期待感が高まっていく。そうして高まった期待感はバンドのリリースと共に爆発し、その結果を受けてさらなる期待が生まれる。雑誌を買って、WEBで記事を読み、ライブに行って、SNSで話題にして、レコードを買い、仲間と一緒に盛り上がる。言ってしまえば何も特別なことはないのかもしれないが、こうした健全な盛り上がりがバラバラではなく有機的に繋がり続け、「新しいバンドを知りたい」という欲求と「このバンドはどこまで行くんだろう」というワクワク感が次々に生まれていったのだ。
そうしてそれは日常の一部となったSNSを通して世界に伝わっていく。遠く離れていても気になったバンドのSNSをフォローすれば、それだけでシーンの一端を味わったような気分になれる。Instagramのストーリーを通し、その夜がどんなに特別だったか伝えられ、YouTubeに上げられたライブ映像でその日の誰かの記憶が再現される。テクノロジーの進歩(それはサブスクリプションによる恩恵も含まれる)が同じような思いを抱える世界の仲間にローカルのシーンを伝えることを可能にした。距離を越え、国境を越え、感覚が伝わっていく。バズではなく肌感覚としてのシーンの空気、今この瞬間、同じ時間を共有しているという感覚が確かにあったのだ。
それはバンド側から見ても同じで、彼らもSNSを通して他のバンドの空気を知る。だからこそ国を越えても連帯できたし(Crack Cloud、Viagra Boys、コートニー・バーネットなど、国外のミュージシャンが『So Young Magazine』の表紙を飾ることも珍しくなかった)、だからこそより確かなアティテュードを持つことを求められた。SNSあるいはインターネットがあったからこそ、バラバラの音楽性で特徴的なファッションもない、サウスロンドンのローカルシーンがここまで広がっていったのだろう。求められたのは大きなメディアが主導したものではないインディペンデントの精神を持ったバンドたちで、そうしたバンドが出てきやすい土台が確かにあったのだ。
そんな中でblack midiが登場する。ShameやSorryが出てきた少しあと、彼らがこぞってウィンドミルにすごいバンドがいるとblack midiの名前を挙げて褒め、Sports Teamなどのバンドがライブを観に行く。サウスロンドンのシーンはすでに形作られていて、その盛り上がりと比例するようにblack midiに対する期待感がどんどん膨らんでいった。そして満を持して2018年6月、black midiは<Speedy Wunderground>から最初のシングル『bmbmbm』をリリースする。抑圧された何かが爆発する寸前のような緊張感とエネルギー、ShameやSorryが言っていた言葉の意味を理解するのに時間はいらなかった。あっと言う間にblack midiの音楽は広まり、<Speedy Wunderground>史上最速の20時間で7インチレコードが売り切れ、異例の再プレスが行われるまでになった(※3)。ギターとベースとドラムとボーカル、ありふれた編成でこんなにも興奮する、様々な音楽の要素を吸収したblack midiはギターバンドの新たな可能性を示した。This HeatのようなTacticsのようなThese New Puritansのような、ポストパンクを基調とした混沌とした何か。サウスロンドン・シーンの段階をいくつかに分けるなら、black midiが登場したこの瞬間にチャプター2が始まったのではないかと今では思える。
そして素晴らしいデビューアルバムを今年リリースしたSquidもこの流れの中で現れる。black midiと同じく<Speedy Wunderground>、ダン・キャリーのプロデュース。この時点で<Speedy Wunderground>はロンドンの尖った新人バンドを知るために最も適したレーベルだと認識された。「Speedy Wunderground Records will not be slow」のレーベルモットーのもと展開される7インチ、250枚のワンショットシングル『The Dial』(2018年)。もともとはメジャーレーベルで仕事をしていたレーベルオーナーのダン・キャリーがリリースタイミングに振り回されるスピード感のなさにうんざりしたことから始まったこのレーベルは(※4)、次々に良いバンドが生まれ続けるロンドンシーンの「今この瞬間」を記録した。『So Young Magazine』と同じように信頼が期待を生み、結果がまた新たな期待を生む。「The Dial」はblack midi「bmbmbm」と同じくらいにキラーで踊れて、そしてエネルギーに満ち溢れていた。
年が明け2019年の1月、Black Country, New Road『Athens, France』のリリースがアナウンスされる。同じく<Speedy Wunderground>、ダン・キャリーのプロデュース。black midi、Squid、Black Country, New Road、この3つのバンドの連続リリースで<Speedy Wunderground>への信頼は揺るぎないものとなり、次にどんなバンドをリリースするのかと一挙手一投足が注目されるようになった。Black Country, New Roadは完全なるライブバンドでやはりリリースされる前から注目度が非常に高かった。ヒリヒリするようなスリルと空間を切り裂くようなギター、サックスの音にバイオリン、ボーカルはまるで舞台の上でセリフをまくし立てているかのようで、どこに着陸するか全くわからなかった。過剰なまでに心を揺さぶるエネルギー、音楽が心を動かし、でき上がったコミュニティが土壌を作りそれを広めていく。Black Country, New Roadの登場がシーンの盛り上がりをさらに加速させていった。
そうしてシーンは次のチャプターに入る。アンダーグラウンドな部分でコアな人気を獲得したバンド、black midi、Squid、Black Country, New Roadがそれぞれ<Rough Trade>、<Warp>、<Ninja Tune>という老舗レーベルと契約しアルバムを出したのだ。ダン・キャリーは「本当はSquidは自分たちのところから出したかったんだ。でも『Narrator』のビデオを見ただろ? あれだけの規模のCGアニメーションを使ったビデオは自分のところでは到底無理だった。だから残念だけどこれで良かったんだと思うよ」(※5)と語るが、アンダーグラウンドにとどまり続けるのではなくインディペンデントの精神を持ったまま大きなところに進出する、こうした受け渡しがシーンやコミュニティをさらに優れたものにしていった。これがなければシーンはここまで大きくならず短期間の盛り上がりで終わっていたかもしれない。シーンが成熟していく過程でこうした土台が作られたことが、今なお続くUKバンドの盛り上がりを生んだのだろう。
加えてレコードブームの存在も大きかった。UKのナショナルチャートはフィジカルの占める割合が大きく、レコードをリリースするインディのバンドがチャートに入りやすくなっていて、シーンの盛り上がりがわかりやすく可視化された。その最たる例が、2020年のSports Teamとレディー・ガガとの戦いで、SNSを上手く利用して局地戦に持ち込み大接戦を演じて大いに盛り上がった。レコードブームになったのはサブスクリプション時代のカウンター的な側面もあったのだと思うが、こうした状況が、ずっとレコードを作り続けてきたインディレーベルやそのファンが中心となって作られたシーンとがっちり噛み合い、ギターバンドをクールな存在にして相乗効果を生み出した。ベテランバンドのMogwaiが初めてUKナショナルチャートのナンバーワンを獲得したのも、この影響が間違いなくあったはずだし、今年に入ってからThe LathumsとThe Snuts、両新人バンドのデビューアルバムが1位を飾ったのも、こうしたギターバンドを盛り立てる新たな流れができ上がっていたということが大きかったのだろう。
だが懸念もある。レコードブームの存在が大きくなりすぎて、限られた工場ではメジャーレーベルの再発の依頼をこなすことに手一杯になり、ロット数の少ないインディレーベルのプレスが後回しにされることが増えてきたのだ。こうした状況はインディバンドのリリースタイミングを難しくした。8月にデジタルでリリースされた曲がレコードで出るのは次の年の1月になるというような状況で、それによって盛り上がりが分散され、これまでのような一気呵成の勢いは少しなくなってしまうかもしれない(レコードの原材料価格の高騰も気になるところだ)。