『ザ・ビートルズ:Get Back』は“世界遺産”レベルの作品に バンド史塗り替えた映像を観て

『ザ・ビートルズ:Get Back』見どころは

 “ありのまま”とはすなわち、クリエイティブを生み出す現場の“混沌”である。ついさっきまで楽しげに笑い合っていた4人が、次の瞬間には激しく意見を衝突させ、時にそれは人格攻撃にまで発展することもあれば、メンバーの一人がスタジオを去ることもあった。かと思えば家族や恋人をスタジオに招き、ワインでほろ酔い気分になりながら、側から見ると無駄に思えるようなインプロビゼーションやカバー、自分たちの楽曲のセルフパロディに延々と耽り、各々の担当楽器を持ち替えるなどしながら不意に降りてくる“ひらめき”をつかもうとする……。Chaos & Creation in the Backyard。クリエイションは常に“混沌”の中から生み出されるのだ。

 例えば、まだフレーズにすらなっていないようなアイデアの断片を、ポールがスタジオに持ち込み、ベースを使ってそれを延々とリフレインしながら鼻歌で適当にメロディを乗せていく様子がフィルムには収められている。次第にその断片が、「Get Back」と思しき輪郭を持ち始め、そばにいた他のメンバーたちがおもむろに肉づけし、少しずつ完成形へと近づいていく(この曲の#9thを含むコードが、実はジミ・ヘンドリクスの「Foxey Lady」にインスパイアされていることも、後のセッションで分かる)。そんなプロセスを目の当たりにして、思わず画面の前で唸り声を上げてしまった。ロック史に残る名曲が生まれるまさにその瞬間を、再現VTRなどではなく“本物の映像”で我々は目撃しているのだ。

©1969 Paul McCartney. Photo by Linda McCartney.

 アレンジをめぐってポールとジョージが言い合う、リンゼイ版『Let It Be』でも有名な“例のシーン”は、『ザ・ビートルズ:Get Back』にも登場する。ジャクソン監督によれば、実は今回ディズニー側から「汚い言葉は削除して欲しい」との要望があったが、バンド側は、ポールも、ジョージの妻オリヴィアも、「真実を伝えることが重要である」としてその要望を却下したそうだ(※1)。思えばこの時ジョンとリンゴは28歳、ポールが26歳でジョージは25歳。年上のジョンに頭が上がらないジョージが何かとポールに食ってかかる弟気質なところも、ポールがジョージを子供扱いして苛立たせてしまう未熟さも、人間味に溢れていて愛おしいくらいだ。

 それに、こうして“喧嘩”の全貌を俯瞰すると、なぜ常に“ポールvsジョン&ジョージ”という対立が生まれてしまうのかも見えてくる。以前、The Beatles研究家・藤本国彦氏と鼎談した時に彼が指摘していたことだが(※2)、曲ができた瞬間から完成形が頭の中にあり、そのイメージに向かって最短距離で進もうとするポールと、出来た曲を何度も咀嚼しながら方向性を見定めていくジョンとジョージでは、そもそも楽曲に対するアプローチが違いすぎるのだ。

 以前なら化学反応を起こしていたはずのその違いが、お互いを知りすぎたが故に喧嘩の要因となってしまう。ジョージは本作の中で、グループの解散を「離婚」と表現していたが、この時期のThe Beatlesはまさに“熟年離婚間近の倦怠期夫婦”のような関係だったのだろう。ビリー・プレストンという“他者”を迎え入れたことで、その関係が束の間良好になるところなども倦怠期夫婦そのものではないか。

 本作のクライマックスは、やはりバンドの自社ビル屋上にて行なわれたルーフトップ・コンサートだ。リンゼイ版『Let It Be』では、険悪なスタジオ風景から唐突にライブが始まるため、“取ってつけた感”がかなりあったのだが、本作では“ゲット・バック・セッション”の混沌っぷりを6時間以上かけてたっぷりと紹介し、ギリギリまでライブ会場が決まらないスリルまでも一緒に味わった上でのルーフトップ・コンサートなので(しかもノーカット)、そのカタルシスたるや比較にならない。中でも「Don't Let Me Down」のファーストパフォーマンスにおける、鬼気迫るようなジョンのシャウトは最大の見どころの一つだ。

"Get Back" Rooftop Performance | The Beatles: Get Back | Disney+

 ピーター・ジャクソンは本作について、「まるでタイム・マシーンに乗って1969年に戻り、スタジオで4人が素晴らしい音楽を作っている現場に居合わせられるような体験が味わえる」とコメントしているが、まさしくこれは、全く新しいタイプのエンターテインメントでありアトラクション。ここまで没入できる“体験型の音楽ドキュメンタリー”など、他に類を見ない。

 それにしても、「レコーディングスタジオで起きていることを、全て映像で残しておく」などというクレイジーなアイデアをよく思いつき、よくぞそれを実行し(その点ではリンゼイ監督にも感謝しかない)、よく今日まで残っていたものだと改めて思う。しかも他ならぬThe Beatlesの映像なのだから、もはや“世界遺産”レベルだ。

※1:https://www.nme.com/news/film/disney-remove-swearing-get-back-but-the-beatles-refused-3105684
※2:https://kompass.cinra.net/article/202110-thebeatles

『ザ・ビートルズ:Get Back』(©2021 Disney ©2020 Apple Corps Ltd.)

■作品情報
ドキュメンタリー作品
『ザ・ビートルズ:Get Back』
11月25日(木)・26日(金)・27日(土)ディズニープラスにて全3話連続見放題で独占配信スタート

監督:ピーター・ジャクソン
出演:ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 
©2021 Disney ©2020 Apple Corps Ltd. Rights Reserved.

公式サイト:https://disneyplus.disney.co.jp/program/thebeatles.html

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