The Beatles『レット・イット・ビー』スペシャル・エディション徹底レビュー 4人の生々しい姿が刻まれた作品に

The Beatles『レット・イット・ビー』特別版レビュー

 前編で詳しく触れたようにThe Beatles最後期の混沌とした状況の中でラストアルバム『レット・イット・ビー』となる音源はレコーディングされ、かなり粗末な扱いを受けながらまとめられた。それだけに、The Beatlesファンにとってはこのアルバムと向き合うのが厳しい側面もあり、オリジナルの発売から半世紀以上経った今も、すっきりとすべてが解決したとは言えない。

 これまでも様々な憶測や解釈、伝説や噂が独り歩きしたが、本日10月15日にリリースされた『レット・イット・ビー』スペシャル・エディションにより、最新の一石が投じられた。特に5枚組の<スーパー・デラックス>はニュー・ステレオ・ミックスを基本に数々のレア音源、当初『ゲット・バック』として発表されるはずだったミックスなどが詰め込まれ、興味がつきないアイテムとなっている。後編ではこれら収録音源にじっくりと迫っていく。

 まずはすべての基本となる1970年5月に発表されたオリジナルの『レット・イット・ビー』のニュー・ステレオ・ミックス。これまでの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』『アビイ・ロード』のスペシャル・エディション同様、ジョージ・マーティンの息子、ジャイルズ・マーティンによってリミックスされているが、全体的に音のエッジが鋭くなり、シャープさが増した印象を受ける。

The Beatles - Let It Be | Special Edition Releases [Official Trailer]

 オーケストラのストリングスや、急遽使われることとなった「アイ・ミー・マイン」を別にすれば、音数そのものが少ないだけにエコーなどを減らしていくと生々しくなるのは当然。だが、このセッションに関してはその生々しさが良い効果を生み、アルバム全体を新鮮に聴くことができる。

 そんなアルバムはポール・マッカートニーからジョン・レノンへの呼びかけともとれる「トゥ・オブ・アス」から始まり、リヴァプールでよく歌われたトラッド「マギー・メイ」までがLPのA面分で、荘厳なタイトル曲「レット・イット・ビー」はもちろん素晴らしいが、ジョンの「アクロス・ザ・ユニバース」の美しさも聴き逃がせない。

 B面は“ルーフトップ・コンサート”での「アイヴ・ガッタ・フィーリング」からスタート。ジョンとポールがそれぞれ書いた曲を合体させたもので、最後に対位法で歌われるところがカッコいいし、5人目のThe Beatlesとなったかもしれないビリー・プレストンのファンキーなキーボードもよく効いている。約2年半近く人前でライブはやっていない上でこの演奏力には驚かされるし、ライブ黄金時代(1962年あたり)では、いかに凄いバンドだったかがよくわかる。

 続いて、17歳の頃にジョンが書いた「ワン・アフター・909」のノリの良い演奏からしっとりとした「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」への流れは聴きどころであり、最後の「ゲット・バック」にかけたポールの思いもしっかり伝わってくる。

The Beatles - The Long And Winding Road - 2021 Mix

 そして2枚目のディスクには、アウトテイクやジャムセッション、リハーサルなどの音源14曲分を収録。“アップル・セッションズ”と名付けられた同ディスクは、当初「On Our Way Home」との仮題だった「トゥ・オブ・アス」で始まり、ラフなセッションが続く。珍しいところでは、「レット・イット・ビー」の前に2枚目のシングルにしてバンド初の全英No.1を獲得した「プリーズ・プリーズ・ミー」をスローバラード風にしてポールが歌うトラックが楽しく、まるで素顔のThe Beatlesに触れた気分になれる。

 それに続く「アイヴ・ガッタ・フィーリング」「ディグ・ア・ポニー」の力の入ったリハーサル風景はバンドとしてのエネルギーを十分感じさせるが、このディスクで最高の聴きどころは、“ルーフトップ・コンサート”からの「ドント・レット・ミー・ダウン」だ。「ゲット・バック」とカップリングでシングルリリースされた曲だが、明らかにジョンがバンドとしてのThe Beatlesの表現力を想定して作ったナンバーで、ゲット・バック・セッションでは後ろ向きな点もあるジョンだが、こうした曲には情熱が感じられ、その荒々しい曲の後に流れてくる「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」のシンプルなバージョンがとても心地よく耳に残る。

 以後は5CD+Blu-ray Audio付からなる<スーパー・デラックス>のみの収録で、“リハーサル・アンド・アップル・ジャムズ”と付けられたディスク3は、『アビイ・ロード』や、各メンバーのソロ作で完成版が聴ける曲のデモ、または最初期バージョンが多数収められており、マニアは必聴。ジョージ・ハリスン初の本格ソロアルバムのタイトルともなった「オール・シングス・マスト・パス」でスタートし、ジョンの『イマジン』に収められた「ギミ・サム・トゥルース」や『アビイ・ロード』収録の「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー」「ポリシーン・パン」のリハーサルバージョンなどが聴けるが、どれも歌詞が未完成であったり、アレンジの試行錯誤ぶりが確認できる。

 もちろん完成版と比較することはできないが、この歴史的なバンドが残した断片は、すべて貴重なものである。曲を覚えたり、アイデアを出し合ったりする段階での音源だけに、とても和気藹々とした光景が浮かび上がってくる、ギスギスとやり合う場面ばかりをピックアップしたような、かつての映画『レット・イット・ビー』とは違う、このセッションの別の側面が伝わってくる音源ばかりだ。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる