ヨルシカにとっての“文学オマージュ”とは? 最新作「月に吠える」で同時に表現した、根本的な創造性と進化

ヨルシカの”文学オマージュ”作品をレビュー

 ヨルシカからデジタルシングル「月に吠える」が届けられた。

 日本近代詩の父と称される萩原朔太郎の代表作「月に吠える」をモチーフにしたこの曲は、「又三郎」「老人と海」に続く、“文学オマージュ”の第3弾。文学への造詣の深さを背景に、クリエイティブに対する真摯な考え方、現代的なポップミュージックに結びつけるセンスなどが注ぎ込まれた「月に吠える」は、ヨルシカの根本的な創造性と新たな進化を同時に表現した楽曲と言えるだろう。

 そもそもヨルシカは、“文学の要素を組み入れた音楽を作りたい”というn-bunaの構想からはじまったバンドだ。中高生の時期に近代文学を読みあさっていたという彼は、オスカー・ワイルド、ジュール・ヴェルヌ、井伏鱒二などの小説家、さらに与謝蕪村、正岡子規、尾崎放哉、種田山頭火に代表される俳人に傾倒。歴史に名を刻む文学者たちが紡ぐ物語、築き上げてきた価値観、死生観、美意識に大きな影響を受けてきたn-bunaが、ボカロPとして培ってきた音楽的なスキルを活かしつつ、豊かな深みをたたえたポップミュージックを志した。そして、彼が創り出す世界観を描き出すシンガー、suisとの出会いによって生まれたのがヨルシカだったというわけだ。

 “ヨルシカのどの楽曲に、どのような文学作品のモチーフが反映されているか?”という聴き方は、このバンドの音楽に接したときの大きな楽しみ。代表的なところでは、「思想犯」における『1984』(ジョージ・オーウェル)ーー2010年代以降、再び大きな注目を集めているディストピア小説だーーからのインスパイア。その他にも数多くの文学作品のエッセンスが散りばめられているので、ぜひ、自身の耳と目で探索してほしい。

ヨルシカ - 思想犯(OFFICIAL VIDEO)

 前置きが長くなってしまったが、最近の作品に取り入れられている“文学オマージュ”は新機軸ではなく、ヨルシカにとってはむしろ原点回帰に近い。

 今年6月に配信された「又三郎」のモチーフになっているのはもちろん、宮沢賢治の『風の又三郎』。東北の小さな小学校に、赤髪で丸い黒目の転校生がやってくる。級友の一人は彼を風の神様の子だと思い込むのだが、高原に出かけた際、恐怖によって薄れていく意識のなかで、彼は転校生がマントをまとって空を飛ぶ姿を見るーーというのが原作のストーリーだ。「又三郎」は、心地よく疾走するバンドサウンドと〈どっどど どどうど〉というフレーズからはじまるアッパーチューン。又三郎が空高く駆ける姿を想起させつつ、2021年の社会を覆う閉塞感を打ち破るような爽快感を与えてくれる。

ヨルシカ - 又三郎(OFFICIAL VIDEO)

 8月には、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』をフィーチャーした「老人と海」を発表。キューバを舞台に、年老いた漁師と少年の交流、巨大なカジキとの死闘を描いた短編を背景に、n-bunaは〈僕の想像力という重力の向こうへ まだ遠くへ まだ遠くへ 海の方へ〉というフレーズを紡いでいる。タイトで堅実なビート、抑制と解放のコントラストが印象的なメロディ、そして、未来に向けた凛とした意志を込めたsuisのボーカルが一つになったこの曲もまた、現代の世界に対する希望の光を感じさせてくれる楽曲と言えるだろう。

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