吉澤嘉代子、日比谷野音のステージで叶えた歌手としての夢 手練れの演奏とともに紡ぐ“自分自身の物語”

吉澤嘉代子、日比谷野音で叶えた夢

 鮮やかな緑は清々しい心持ちを表すようである。夢見た念願の舞台で、吉澤嘉代子は心を弾ませるように歌っていた。どこか彼女の素顔を垣間見るようなライブだったようにも思う。吉澤の心の部屋を具現化したというステージセットは、裏返せばこの日のオーディエンスは彼女の心の中に招待されたとも言えるだろう。箱庭をイメージして作ったという、鳥籠を守るようにステージ中央に置かれた大きな木は、絵本の世界から出てきたように不思議な存在感を持っていた。

 彼女のライブはツアーにしろ単発公演にしろ、そのライブにおける主題やキーワードを設定し、どこか演劇のような物語性を持った、コンセプチュアルな舞台を作ることがほとんどである。そこで見せる“寸劇”が醍醐味でもあったわけだが、この日は愛犬のウィンディとのコミカルなやりとりはありつつも、総じて言えば普段より演出の少ないライブだったと思う。アンコールに入るまで長いMCもなく、素晴らしい歌と演奏を届ける彼女の楽曲そのものの魅力にフォーカスしたようなライブだ。

 そうした公演になったのも、この日の会場が日比谷野外音楽堂だったからに他ならないだろう。今から13年前、サンボマスターの野音公演を見て歌手になることを決意した彼女にとって、“吉澤嘉代子が野音で歌う”ということ以上のトピックはありえなかったのではないだろうか。この舞台に立ち、山口隆(サンボマスター)が作詞作曲を手掛けた「ものがたりは今日はじまるの」で本編を終えるということが、彼女にとってはどんなコンセプトにも勝る最大のテーマだったはずである。

 演奏された楽曲は、必然的に彼女のキャリアを満遍なくさらっていくような内容である。「自分の夢を叶えるライブ」(※1)だと語っていたが、それは夢を叶えるまでの軌跡を見せるライブでもある。「リハーサルの段階から全部大好きな曲だと実感していた」というセットリストは、数ある名曲の中でも、メモリアルな日に届けるべき音楽を優先してセレクトしていた印象だ。

 定刻を過ぎた頃、ライブは吉澤の弾き語りでスタート。静かに爪弾くアコギで歌う、「東京絶景」である。本曲がリリースされた時、彼女はこの曲に寄せてこんなことを言っていた。「東京の空は星がよく見えないけれど、夢をもつ人たちが集まっているから、東京の空はその星でいっぱい」と。このステージ自体が〈東京の絶景〉とも捉えられるが、“夢”がテーマになっていたライブという意味でも、何か運命的なものを感じるオープニングである。

 2曲目からは練達のバンドメンバーたちが登場。メンバーはゴンドウトモヒコ(Hr/Seq)をバンマスに、伊澤一葉(Key)、君島大空(Gt)、伊賀航(Ba)、伊藤大地(Dr)、武嶋聡(Sax/Fl/Cl)、高原久実(Vn)、加藤哉子(Cho)の8名。吉澤を入れた計9人編成(ウィンディを入れると10人)での演奏となった。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「ライブ評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる