吉澤嘉代子、日比谷野音のステージで叶えた歌手としての夢 手練れの演奏とともに紡ぐ“自分自身の物語”
サウンドに奥行きと華やかさをもたらしたサックスとバイオリンの存在は大きく、「movie」のような壮大なメロディを聴かせる楽曲は、この編成だからこそ一層輝きを増していたように思う。また、さまざまな楽器を操ったゴンドウトモヒコの演奏も、表現の幅を支えた要因だろう。「麻婆」では小気味良くホルンを吹き、「サービスエリア」ではドリーミーな鍵盤で曲のムードが形作っていく。ベースがコントラバスに、サックスがフルートに変わった「怪盗メタモルフォーゼ」も気持ちよく、コーラスも「えらばれし子供たちの密話」でパーカッションを担うなど、耳を飽きさせないアンサンブルに最後までワクワクさせられるライブである。
“夢”という言葉自体あまり聞かなくなった時代に、自分の夢を叶えるライブをすることに対し不安もあったという。しかし、それでも一度は延期になったこのライブが、無事に実現したことはキャリアにおいて晴々しい瞬間だっただろう。日が落ちる中で迎えた「movie」「泣き虫ジュゴン」「ストッキング」と続いていく流れが印象深く、「ストッキング」のどこまでも飛んでいきそうな歌と、「ものがたりは今日はじまるの」の躍動する演奏は間違いなくこの日のハイライトである。
パーソナルな想いを歌うのではなく、妄想を膨らませ、物語を綴るように楽曲を書いてきた彼女だが、「改めて聴いてみると、どの曲にも書いた当時の自分がどこかに隠れていた」というのも、この日を象徴するセリフだったと思う。リスナーそれぞれ彼女の曲に触れた思い出があるように、彼女自身にも彼女だけが知るドラマがあるのだろう。
アンコールに登場した吉澤は、観客席の中央まで足を運び、この日2曲目となる弾き語りを披露。この曲を演奏するために買ったという緑のギターで歌ったのが、17歳の頃に書いた「みどりの月」である。作った時のまま、歌詞もほとんど手を入れずに歌おうと思ったというこの曲の〈エメラルドグリーンの瞳に起こった雨 春の匂いがした〉というフレーズには、しっとりと心の中に染み込んでくるような優しさがある。
最後は再びステージに戻り、バンドメンバーを招き「雪」を歌って終演。温かく、ステージから幸せの気分が聴こえてくるようなライブだった。この日アンコールで語っていた通り、「子供の頃の自分のような子に歌っている」という、その原動力はずっと変わらないのだろう。いつか彼女の歌を聴いて音楽を奏でることを決心したミュージシャンが、この場所に立つ日が来るのかもしれない。
※1:https://natalie.mu/music/pp/yoshizawakayoko05