『マリアンヌの密会』インタビュー
マリアンヌ東雲が明かす、キノコホテルに訪れた“ひとつの時代の終わり” 新作完成までの過程と従業員たちへの思い
2019年のアルバム『マリアンヌの奥義』から2年、キノコホテルのニューアルバム『マリアンヌの密会』は、夢見心地であり毒っぽい妄想をも掻き立てるような心の旅と、またグルーヴィなサウンドでぞくぞくするようなフィジカルな旅も感じさせる1枚になった。レトロで神聖なオルガンの響きもあれば、エレクトロもありと、時代もジャンルもカルチャーも自由に横断し、ときにけれんみも交えて耳を捕らえるプログレッシブに展開していくロックで、ポップなサウンドを深化させながら、今回はそこに“今”という空気を織り交ぜている。これまで特定の時代感を意識させない、キノコホテル特有の世界観や様式美を持っていたが、未曾有の経験や怒涛の2020年を生きてきた、そこで湧き上がったエモーションを音楽として落とし込んでいる。普遍性はもちろんのこと、心の変遷やさまざまなことが変化していくなかでの、しおりのように、とても大事なものを封じ込めた音楽として胸を揺さぶる。現在、新加入や療養中のメンバーの無期限休職など活動に動きがあるキノコホテル。アルバムへの過程、現在の心境についてマリアンヌ東雲(歌と電気オルガン)に話を聞いた。(吉羽さおり)
リリースの話を断ったらキノコホテルに未来はないという予感があった
ーーニューアルバム『マリアンヌの密会』は、これまでの作品よりも、より具体的で、2020年の様々なシーン、記憶というものも封じ込まれた作品だなというのを感じます。
マリアンヌ:それをあまり意識したくない気持ちもありましたけど、昨年は決まっていた予定や地方公演などもすべて吹っ飛んでしまって。そういうなかで今までは決してやろうとしなかった配信ライブを始めたりと試行錯誤しつつも、でもそれもすぐに「当たり前のもの」になってしまって。いっときは毎月配信していましたので無理もないんですけど(笑)。こちらが意を決してトライしたものもすぐに飽きられてしまう、その消費のスピードの速さをひたすら感じていました。次は何をしていったらよいのだろうという話をお馴染みのライブハウスさんともするようになったりと、これまでぶち当たったことのない課題に対してつねに頭をフル回転させていないといけなくて。
ーーそこからアルバムの制作へというのはスムーズに動けましたか。
マリアンヌ:今回のアルバムもリリースのお話をいただいてから、でしたね。2020年がデビューアルバム『マリアンヌの憂鬱』のリリースからちょうど10周年でした。なので何か節目にふさわしいようなことをしたかったんですけれども、ああいう状況になって。そこで突然創作意欲が湧き上がって来たんですよね。なにくそ精神といいますか、この非常事態に対して自分があがいた証を残しておきたかったのかも知れません。それですぐに曲が出来上がって3曲入りの『赤い花・青い花 e.p』をひっそりとリリースしていたんですけど。そこから秋くらいになって、状況は依然として変わらないし、バンドの運営体制が変わったりなどもありましてやや疲れを感じていたタイミングでリリースのお話をいただいて。その時の自分の状況としては、正直なところバンド内の状況も含めてやりますと即答できる心境ではなかったんですよ。
ーー昨年春に新たにナターシャ浦安(ドラムス)さんが加わって、そして電気ベースのジュリエッタ霧島さんが今年の5月末から療養のため無期限休職することになりました(その後、電気ギターのイザベル=ケメ鴨川が手首損傷の治療のため3カ月療養となった)。
マリアンヌ:ジュリエッタの件がありましたので悩みましたけど。でもこのリリースのお話を断ってしまったらキノコホテルに未来はないという予感があったので、厳しいは厳しいけどやらなくてはと思って。そこから、もともと書いてあった曲を直したり、あとは8曲くらい改めて新しく書いていったんです。
ーー昨年のEP『赤い花・青い花』のときに消化したものとして、いちばん近い感情はなんだったと思いますか。
マリアンヌ:昨年2月にデビュー10周年の記念公演を開催しまして。そこからいろいろと続いていくはずだったものが全部なくなったわけですから。最初は持って行き場のない怒りだとか戸惑いがありましたよね。でも怒りと言っても、怒ったところでしょうがないというどこか冷めた視点はありましたけど、でもなんてタイミングなんだというやり切れなさはやはりありました。ただ、うちだけがこういう目に遭っているわけではないし、逆にしばらくのんびりできていいかなんて考え方を変えたり、いろんな気持ちの持ち方を試しながら生活をしていたときで。でも、『赤い花・青い花』のときは何かしなくてはいけないという責任感のようなものに突き動かされた感覚がありました。すべて打ち込みで作ったデモを3人にメールで送るんですけど、バンドでまだ演奏してないのに、デモを作っただけなのに変な高揚感があって。それに自分で初めてMVを作ったりもしたし。とにかくメラメラしていましたね。初レコーディングとか、初ライブみたいな、ああいう高ぶりに似た気持ちがものすごく久しぶりに再来したようでした。
ーーまるでバンドをはじめたてのような感覚ですね。今回の『マリアンヌの密会』を聴くと、いろんな感情が渦巻いているなというのはもちろん、音楽としての楽しみがふんだんに盛り込まれていて、どこかへと逃避する高揚感、美しさ、または自分の世界に入り込む時間など、濃くいい時間がある作品だなと思いました。
マリアンヌ:たしかに、従来の作品に比べると、昨年1年で感じたこと、考えたことというのが純粋に落とし込まれている気はします。アルバムのために楽曲制作をしたという意味では過去と同じなんですけど、ただ曲を作るまでに至る心境であったり、環境、状況がまったくちがっているので。とくに意識せず曲を書いているつもりでも、やはり出てくる歌詞にはどこか救いを求めている感覚があったりする。まず自分が自分自身の作る楽曲に救いを求めているんだというところから始まった気もしています。
ーーマリアンヌさん自身、曲にそのときの時代の空気感や時事性、リアルタイムなものをどこまで反映させるかについて、どう考えていますか。
マリアンヌ:もともと私自身、あまり具体的なことをそのまま歌うのが好きじゃないので、どこか歌詞に対して一定の距離をとっていたい自分がいるんですよね。最近、若い子たちに「刺さる」と言われているものって、直接的でストレートな表現のものだったりするじゃない? ああいうのは若い世代にお任せでいいわって思っていて。私のポリシーとしては、やはり聴く人に想像とか、妄想の余地を残したいというもので。語りすぎたくないし、説教したり、励ましたりとか、そういうこともしたくない。そこまでリスナーに入り込むつもりはないんです。
ーー今回もそういうことは軸としてあると。
マリアンヌ:制作の過程で、親しい関係者の方にちょっと曲を聴いてもらったりしたこともあるんですけど。そうすると曲によっては、“きっとこれは今の状況、マリアンヌさんから見た今の自粛の世の中のことを歌っているんだね”という感想をいただいたりと、みんなそれぞれ考えて、好きなように解釈をしてくれますから。私は歌ってそういうものであってほしいっていう思いがあって。
ーーまさに「キマイラ」などはそういう匂いがあるなと思いました。
マリアンヌ:この「キマイラ」はあえて狙って書いていますけどね。このご時世だからこそ出てきた楽曲であり歌詞であるという点では「赤い花・青い花」の系譜に属する曲かと思います。
ーーでもやはり直情的なものというよりも、ドラマティックで音楽的なものになっています。
マリアンヌ:キノコホテルは私が詞も曲も書いていますけども、いわゆるシンガーソングライターのやり方ともまたちょっとちがうというか、とくに歌詞と音の比重のバランスがやや独特なのかなって思っていますね。そこはバンドならではというか。
ーー今回のアルバムで、サウンド面で重点を置いたこと、ポイントに置いて音作りをしたところはありますか。
マリアンヌ:今回は普段以上にボーカルを立たせたいという気持ちがありました。コロナのせいで公演が飛んだりして、歌を歌える機会が減ったのも関係しているのかもしれませんけど、「キマイラ」など自分の歌に焦点を当てて作った楽曲が多いかも。普段の私の曲作りって、いわゆるトラック、オケを最初にがっつりと作り込んで、そこへ最後に歌詞とメロディを乗せるという手法で。今回もそれは変わらないんですけど、歌に対してもう一歩貪欲に踏み込んで作ったというのがあって。歌いたいという、根元的な気持ちに立ち返って私の歌をちゃんと聴いていただけるアルバムにしたいっていう気持ちがまずありましたね。
ーーいつもは作曲家タイプだったのが、歌をうたう、シンガーでもあるというのが加わりましたね。
マリアンヌ:正直これまで、キノコホテルにおいて自分の歌はあまり重要視されていないような気がしていたんですが、ようやく欲が出て来たのかもしれないです。
ーー「わがままトリッパー」などは、歌詞と曲が同時に作られた曲ということですが。それもまた、歌への衝動みたいなものもあったんでしょうか。
マリアンヌ:これはただ単に〈わがままトリッパー〉というサビの部分が突然頭に浮かんできたもので。最近、こういった脱力系というかややチャラついた感じが好きみたいです。私としてはキノコホテルの過去作でもそうですけど、真面目に歌い上げるのがどうも苦手というか気恥ずかしいんですね。暑苦しくなるのがイヤで(笑)その手の曲ばかりが並んだアルバムって疲れてしまうんです。どうしても途中で、脱力できるものやインストが必要になってくる。「わがままトリッパー」はその立ち位置を担っている楽曲かと。今の現状を、皮肉っているような歌ではあるんですけど。
ーー歌ということでは、「カモミール」もまたいいですね。
マリアンヌ:私の周りではこの楽曲が高評価で、自分でもよく書けたと思っています(笑)。
ーーはい、出だしのオルガンのフレーズから誘いますね。
マリアンヌ:どこかで聞いたようなフレーズなんですけど(笑)。歌に入ってからの展開は完全にキノコホテルですし、自分にしか書けない曲になったと思いますね。あまり奇をてらったことを極力せずに、でもマリアンヌ東雲らしさをどこまで追求できるかというのは、今回楽曲を作りながら考えたところではありました。そこを突き詰めていくのも面白いなっていう、少し今後に向けた可能性も見えてきたような気もしていて。どうしても、バンドなのでなかなかそういったところまで注目されないんですけど、いろいろと考えながら、ただ考えすぎないようにという思いでした。
ーーバンドだからこそ、4人の呼吸や意思があるからこそ抜けのいい曲にも、化学反応でさらなる展開をする曲にもなったりするというのもありますよね
マリアンヌ:私が作った楽曲をよりよくしてくれるのがバンドの役割なので。たまにありますけどね、デモの方がいいんだけどって思っちゃうときが(笑)。でも3人は非常に頑張ってくれたと思います。私はギターもベースもドラムもまったくできない人間なので、そんな人が適当に作っているから、プレイヤーの彼女たちからみると意外と難しいみたいで。今回の「愛してあげない」などはさらっと聴ける楽曲なんですけど、よく聴くとサビのベースラインは決してさらっと弾けるものではない。あれもベースを弾けない私が考えているんですけどジュリエッタ(霧島)は、特に難色も示さずにちゃんと仕上げてくるんですよね。責任感とプライドが人一倍ある人なので。
ーーマリアンヌさんの曲は、ベースやドラムへのこだわりをとくに強く感じますし、ジュリエッタさんもその部分も心得ているのでは。
マリアンヌ:ベースラインから考えつくことが多いので、ベースには愛着というか思い入れというか、こうあってほしいというビジョンが一番あるかもしれないです。
ーーそれはバンドサウンドのなかでも、より歌に対して支えとなる楽器という存在でもあるからですか。
マリアンヌ:そうですね、普段ステージでもベースラインを聴きながら歌っているので。ベースが心地よくフィットして、ちゃんと私に寄り添ってくれるかどうかというのはとても大事なことですね。