EXILE MAKIDAI連載「EXILE MUSIC HISTORY」第4回:アートディレクター 中代拓也、デザインに込めた“リスペクト”

EXILE MAKIDAI連載「EXILE MUSIC HISTORY」第4回:アートディレクター 中代拓也、デザインに込めた“リスペクト”

 EXILE MAKIDAIによる「EXILE MUSIC HISTORY」は、EXILEが2021年9月にデビュー20周年を迎えることを受けて、その音楽的な進化の軌跡を振り返る新連載だ。

 最新のストリートカルチャーやダンスミュージックのエッセンスを、メロディアスで口ずさみやすいJ-POPに注入し、ダンスパフォーマンスによる視覚的な表現を掛け合わせることで、日本の音楽シーンに一時代を築いてきたEXILE。そのクリエイションには一体どんなイノベーションがあったのだろうか。日本の音楽シーンを代表するクリエイターたちの肉声に、MAKIDAIが迫る。

 第4回のゲストには、アートディレクターの中代拓也が登場。EXILEのCDジャケットやMVなどを数多く手がけ、デザインの側面から「EXILEらしさ」を支えてきた重要人物だ。さらに中代自身も、EXILE HIROをはじめ、当時のEXILEメンバーからたくさんの刺激とエールをもらい、EXILEとともに成長してきたのだという。そんな中代の歩みや、デザイナーとしての在り方についてたっぷりと語ってもらった。(編集部)

動画「EXILE MUSIC HISTORY」第4回:中代拓也

【EXILE HIROからの“心に残る言葉”】EXILE アートディレクター・中代拓也が明かす制作秘話

「自由な精神こそがEXILEの魅力」

EXILE MAKIDAI(以下、MAKIDAI):今回は対談の第4回目ということで、アートディレクターの中代拓也さんに来ていただきました。意外と二人で話す機会はありませんでしたね。

中代拓也(以下、中代):そうですね。CDジャケットとかの打ち合わせをするくらいで、そんなにプライベートな話はしないですし。

MAKIDAI:僕らにとってアーティスト写真が良いと本当にありがたいです(笑)。最近も撮っていただきましたが、EXILEとの仕事を振り返っていかがですか。

中代:当時、スタイリストのMASAH君がEXILEを担当していて、彼から「(EXILEは)若い人と一緒に組んでいて、デザイナーを探している」という話があったんです。「中代さんはノリが絶対合うと思うから、やってほしい」と誘いを受けました。2004年のシングル『HEART of GOLD』のジャケットで初めて一緒に仕事をしましたね。全員赤いスーツを着て月を見ていましたよね、あれが1番最初です。

MAKIDAI:よく覚えてます。

中代:それから第1章は最後まで、第2章もほぼほぼやらせてもらってますね。最近は、たまにカレンダーを一緒にやったりとか。MAKIさんもそうですし、ATSUSHI君はソロも含めて長くお付き合いさせてもらっていて。あとはTAKAHIRO君やSHOKICHI君のソロとかも担当しています。

MAKIDAI:DJ MAKIDAIのロゴもお願いしました。

中代:そうです。E-girlsの最初のロゴも担当させてもらいました。あと、三代目(J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE)のロゴもですね。実は、もともとロゴデザインがそんなに得意ではなくて、苦手意識があったんです。上手くいけば早く決まるけど、何回もキャッチボールをすることもありましたし。逆に、LDHの人たちに鍛えられたかもしれません。

MAKIDAI:EXILE TRIBE、というかLDHは相当お世話になっていますよね。

中代:仕事をする前は「ATSUSHI君とか怖そうだな……」みたいな先入観があったんですけど、実際会うと全然そんなことはなかったです。感じたのは「EXILE(亡命や流浪者という意味)」というグループ名は本当にいい名前だなということ。それぞれのスペシャリストが集まってきていて、一人ひとりがキャラ立ちしている。あとノリやグルーブにストリート感があって、夜な夜なクラブで遊んでいる感じもいいと思いました。こういう人たちがJ-POPのシーンで成り上がっていくのが、それこそヒップホップとかブラックミュージックっぽい価値観だなと。

 振り返ると、EXILEがいたからこそ今の音楽シーンになっていると思うし、ストリートダンスがこれだけ浸透したのもそう。「やりたいことは自分たちでやろう」「一緒に遊ぼうよ」「体全身で音楽を楽しもう」といった自由な精神こそが、EXILEの魅力だと思います。みんなの情熱や打算のない感じが素敵でした。

「中代さんの存在感がいろいろと引き出してくれる」

MAKIDAI:僕らの根っこはすごくシンプルでしたよね。中代さんがアートディレクターになったきっかけ、そもそもなぜこの職業を選んだのかも聞きたいです。

中代:もともと映画が好きだったんです。イラストを描くのも好きで、イラストレーターになりたいと思ってデザイン系の大学に通っていました。当時、坂本龍一さんがテイ・トウワさんと一緒にダウンタウンさん扮するGEISHA GIRLSをプロデュースされていました。あの時のCDジャケットがカッコよかったんですよ。調べてみたら、どうやら「グラフィッカーズ」というクリエイター集団によるもので、タイクーングラフィックスというデザイン事務所と、テイ・トウワさんがメインでやられているものだと分かりました。

 漠然と「いつかこんな事務所で働けるようになったらいいな」と思いながら、何の目的もないまま東京に出てきたんです。そんなある日に雑誌を見たら、タイクーングラフィックスがアシスタント募集をしていたので、すぐに作品をまとめて送って。そうしたら代表の宮師(雄一)さんから「明日から来れる?」と言ってもらえたんです。それが大学卒業したあと、1996年くらいでした。

MAKIDAI:なるほど。ちゃんと学校も出られて、勉強して。

中代:タイミング的にマッキントッシュが出始めて、デザインの世界でも「紙焼き」といった手で切ったり貼ったりしていたのが、全部Macに移行していったんですよ。そんな中、タイクーングラフィックスが新しい表現だったり、カッコいいジャケットをいっぱいやっているところに運よく潜り込むことができました。その代わり、働いた初日から朝10時~翌朝8時までとか、今で言えば超ブラックな労務環境で、本当に大変なところでした(笑)。でも、そこで憧れていたテイ・トウワさんと会えた。デザイン事務所なんだけど、ターンテーブルがあって、夜な夜なドラムンベースが鳴っているなか、Macを何台も並べて作業していました。そこにいた10年間も鍛えられましたね。

MAKIDAI:中代さん自身はどんな音楽が好きなんですか?

中代:仕事柄、いろんな曲を聴きます。でも、テイさんの曲もそうですし、ハウスミュージックがベースにあるかもしれないですね。毎日、朝まで浴びるほど聴いていたから。

MAKIDAI:その時代に、たくさんの音楽を聴きながら仕事をしてきたことが、後に生きているという。

中代:タイクーンの鈴木(直之)さんと宮師さんのお二人には、本当に感謝しています。

MAKIDAI:上京して、常にアンテナを張っているうちにいろんな人とリンクして、そこから仕事に繋がっていったのは、僕たちのスピリッツとも通じるものを感じます。制作のアイデアはどこから出てくるんですか?

中代:曲がある時はイメージしやすいので、とにかく楽曲はめちゃくちゃ聴きますよ。お風呂に入りながらでも聴くし。あとは同じアーティストを担当させてもらっていると「次はこういうのがいいかな」と自然に湧いてきます。曲とアイデアがハマった時は、いわゆる「降ってくる」感覚に近いかもしれません。ただ、長く続けていると、アーティストの方となあなあになったりする危険性もあるので、ある程度の距離感を意識して緊張感を保つようにしています。それが今のところ上手くいっている気がしますね。

MAKIDAI:中代さんの撮影現場は緊張感がありながらも、ちゃんと安心感も大事にしてくださっていて、まさに絶妙な塩梅だと思います。

中代:今でこそ、皆さんに「笑ってください」と言えば笑ってくれるけど、第1章の頃は、それこそAKIRA君とか常に力が入っている感じでしたね(笑)。HIROさん含め、普段は素敵な笑顔があるけど、いざカメラの前に立つと構えてしまうんですよね。そこをいかに崩すかを常に考えています。僕で上手く笑ってもらえればいいかなと思って、そこは体を張っていますよ(笑)。

MAKIDAI:もう優しいんです。中代さんの存在感がいろいろと引き出してくれる。そして、だんだん定まっていってしまうのを、いかに崩すかまで考えて下さっていて。

中代:何枚もずっと撮っていると、だんだんイメージが固まってきちゃうから。それをいかにリラックスさせるかというのは、カメラマンだけじゃなくて、たぶんスタジオにいるみんなのマインドが大事で。いい意味で楽しく、和気あいあいとできると、自然といい表情も出てくると思うので、そういう現場作りは常に心がけているところですね。

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