デュア・リパ『Future Nostalgia』、グラミー「最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞」受賞の意味と重要性
"Best Pop Vocal Album"の歴史に見る、その時代の「ポップ」の在り方
2021年3月15日、第63回グラミー賞が開催され、テレビ初披露となったカーディ・Bとメーガン・ザ・スタリオンによる「WAP」の挑発的でパワフルなパフォーマンスや、韓国のアーティストとして初のノミネートを実現し、ソウルからの中継パフォーマンスを披露したBTSが話題となるなど、同アワードが今なおポップカルチャーにおいて強い存在感を示していることを証明していた。
多くの人々が主要4部門であるRecord Of The Year、Album Of The Year、Song Of The Year、Best New Artistに注目する同アワードだが、実のところ、現在のグラミー賞には合計で84もの部門が設けられており、様々なジャンルやメディアに応じた幅広い賞が存在している(例えばラテンだけでも合計4部門に分かれている)。
その中には、当然、ポップを取り扱う部門も存在しており、Best Pop Solo Performance、Best Pop Duo/Group Performance、Best Traditional Pop Vocal Album、Best Pop Vocal Albumの合計4部門が設けられている。この中でも多くの注目が集まる「ポップ・アルバム部門」に相当するBest Pop Vocal Albumだが、その定義は次のようになっている。
「アルバムのうち、少なくとも51%は、新しくレコーディングされたポップ・ボーカル・トラックが含まれている作品であること」(Albums containing at least 51% playing time of newly recorded pop vocal tracks.)
この定義を踏まえると、例えばラップがメインであったり、クラシックなどのインストゥルメンタルの作品は対象外となるわけだが、逆に考えれば「ポップ・ボーカル」が半分以上を占めていればそれはグラミー賞における「ポップ」ということになる。だからこそ、グラミー賞の「ポップ」部門に目を向けることで、「ポップ」という曖昧で包括的なワードの中にある、その時代における一つの定義が見えてくるのではないだろうか。
Best Pop Vocal Albumの歴史は1968年に開催された第10回グラミー賞に遡る。この年、初めてポップジャンルにおけるアルバム部門として新設されたのが、Best Pop Vocal Albumの前身となるBest Contemporary Albumであり、この時受賞したのはThe Beatles『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』 だった(※1)。
だが、同部門が存在したのはこの年のみであり、翌年以降は再びポップカテゴリからアルバム部門が消滅する。以降はジャズやゴスペル等、他のカテゴリにおいては登場する年があったものの、ポップカテゴリのアルバム部門については1995年の第37回、Best Pop Albumの新設まで待つことになる(2001年に現在の"Best Pop Vocal Album"の名称に改定)。この長い空白期間の背景には、「ポップ=シングル重視」の考え方があったのかもしれない。だが、やがてポップにおいても「アルバム」の存在に重きが置かれるようになり、再び「ポップ・アルバム」を評価する流れが生まれた。
以降、本部門の登場によって、1996年にはジョニ・ミッチェル『Turbulent Indigo』、2003年にはノラ・ジョーンズ『Come Away with Me』が同賞を受賞するなど、ポップというカテゴリにおいても「アルバムという一つの作品」が評価されるようになった。つまり、本部門の存在は、「シングル」という単位ではなく、より大きな「アルバム」という作品を創り上げることが出来るほどの力量を持ったアーティストを評価するという意味を持っている。この流れはその時代に応じてメインストリームの動きが大きく変わる中でも現在まで引き継がれており、ここ5年ほどの受賞アーティストの名前を見てみると、次のようなラインナップが揃っている。
2016 : テイラー・スウィフト『1989』
2017 : アデル『25』
2018 : エド・シーラン『÷』
2019 : アリアナ・グランデ『Sweetener』
2020 : ビリー・アイリッシュ『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』
いずれもサウンドの方向性自体は非常に様々だが、やはりその時代における「ポップ」の在り方を定義した作品、そしてアーティストであると言えるだろう。5人とも間違いなく現代のポップカルチャーを象徴する存在であり、本部門を受賞した作品がそのキャリアにおける一つの転換点を示していることが分かる。