デュア・リパ『Future Nostalgia』、グラミー「最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞」受賞の意味と重要性
デュア・リパ『Future Nostalgia』が提示した2020年における「ポップ」
では、今回のグラミー賞の結果はどのようになっていたのか?
強豪揃いのラインナップであったが、グラミーがBest Pop Vocal Albumに選んだのはデュア・リパ『Future Nostalgia』だった。
自身にとって最大のヒット曲となった先行シングル「Don't Start Now」(自身にとって最高位となる全米チャート2位を達成し、52週連続でチャートインというロングヒットを実現)を筆頭に、リリース前の時点でアルバムに対する期待は非常に大きかった。
そして、実際にリリースされた『Future Nostalgia』は批評家によるスコアを集計したWebサイトであるmetacriticにて88点という非常に高い点数を獲得し、数多くのメディアの年間ベストリストの上位に名を連ねるほどの評価を獲得することになる。セールス面においても、以前より支持の厚いイギリスでの4週連続1位という記録を筆頭に、13カ国ものチャートで初登場1位を記録。全米アルバムチャートでは初登場4位を記録するという自身最大のヒット作となった。
強力なシングル曲が牽引する魅力と1枚のアルバムとしての確固たる評価、そして広く大衆に受け入れられたことを証明するだけの売上を兼ね備えた作品である本作の受賞について、異論のある人々はそれほど多くないだろう。
だが、過去のラインナップが示す通り、Best Pop Vocal Album部門は(賞の名前が示すように)歌声に重きを置いた作品が受賞する傾向が強く、本作のようにダンスミュージックを下地とした作品が選ばれるのは比較的珍しい出来事でもある。そして、2020年は言わずもがな世界的なパンデミックによって「人々が最も外出しなかった年」であり、本作のような「踊ること」を目的とした音楽は間違いなく不利な状況にあったはずだ。
だが、その状況こそが『Future Nostalgia』の意味を大きく変えた。70年代~80年代のファンク/ディスコ・ポップから90年代のテクノ/ハウスまで様々な時代のダンスミュージックへのリスペクトに溢れた本作は、まさにロックダウンが始まったばかりの2020年3月末にリリースされ、暗いムードに覆われた世界において最も必要な「いつでもアクセス出来るポジティブな場所」として機能したのである。本作を聴きながら自宅でダンスをすることが、最高の現実逃避の手段となったのだ。最も象徴的な瞬間の一つは、2020年末に行われた本作の世界観を再現した配信ライブ『Studio 2054』だろう。日本を含め世界中で配信されたこのライブは、約500万人もの視聴者数を叩き出し、当時のライブストリーミングにおける新記録を打ち立てることになった(※2)。全米チャートにおいても、現在に至るまで50週連続チャートイン、それも未だに10位以内にランクインしているという驚異的なロングヒットを実現している(本稿執筆時点において)。まさに『Future Nostalgia』は2020年全体における「ポップ」を定義する存在となっていたのである。
グラミー賞でのBest Pop Vocal受賞のスピーチにおいて、デュア・リパは次のように語っている。
「『Future Nostalgia』は私にとってかけがえのないもので、私の人生を様々な面で変えてくれました。ですが、私には一つ強く実感していることがあり、それは幸福であることがどれほど重要かということです。前作を作り終えた時、それを重要だと感じるためには寂しい音楽だけを作らなければならないと思っていた自分が、時代遅れのように感じていました。私達はみな幸福に値するし、誰もがそれを必要としているのですから、とても感謝していますし、光栄に思います」
"Future Nostalgia means the absolute world to me and it has changed my life in so many ways. But one thing that I have really come to realize is how much happiness is so important. I felt really dated at the end of my last album where I felt like I only had to make sad music to feel like it mattered. And I'm just so grateful and so honored because happiness is something we all deserve and need in our lives."
グラミー賞の受賞と、パフォーマンスによる影響は大きく『Future Nostalgia』は2021年3月27日週の全米チャートで3位にランクインし、なんとリリースから約1年後に過去最高位を更新するという快挙を成し遂げている。だが、重要なのは、デュア・リパにとってBest Pop Vocal Albumの受賞は決してピークではないことだ。これまでに同賞を受賞してきたアーティスト達と同様に、「ポップ」として確固たる評価を得たからこそ、次の作品ではより大きな一歩を踏み出すことが出来る。2020年を生きた人々に幸福を与えたデュア・リパは、これから何を創り出すのだろうか。
※1 https://www.grammy.com/grammys/awards/10th-annual-grammy-awards-1967
※2 https://www.rollingstone.com/pro/news/dua-lipa-livestream-cost-viewership-1096950/
■リリース情報
『Future Nostalgia (The Moonlight Edition)』
2021年3月26日(金)発売
¥3,080(税込)
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