デュア・リパ『Studio 2054』で魅せた、ポップミュージックの理想郷 ノスタルジアと未来両立させた新感覚ストリーミングライブ

デュア・リパが魅せた、ポップミュージックの理想郷

2020年のアーティストの「通過儀礼」としてのオンラインパフォーマンス

 2020年、多くの音楽好きにとって何よりも辛いのが、ライブやクラブイベントなどの音楽イベントに参加することが出来ないということだろう(国内の場合、多くのライブ会場やナイトクラブは対策を行った上で営業を再開しているが、どうしても二の足を踏んでしまうという人も少なくはない)。特に海外アーティストのファンにとっては、一体いつになったらこの状況が改善し、以前のように来日公演を楽しむことができる日が来るのか、全く予想がつかないのが正直なところだ。

 それは世界的に見ても同様で、多くのアーティストはツアースケジュールを早くとも来年の春頃までは白紙にしている。その代わりの方法としてポピュラーなのが、「オンラインによる配信イベント」である。すでにビリー・アイリッシュやBTSといった著名アーティストがオンラインプラットフォームを通して有償の配信イベントを行っている。そして、2020年に活動するアーティストにとって、この配信イベントはもはや「ある種の通過儀礼」となりつつある。ライブの大きな魅力の一つである観客との一体感が失われた状態で、一方向からの発信のみでいかに優れたパフォーマンスを提供するかが求められる配信イベントは、単なるライブアクトとしての上手さ以上に、いかに優れた映像体験を提供できるかが試されていると言っても良い。

 2020年を代表するヒット曲となった「Don't Start Now」などを収めた『Future Nostalgia』が批評的にもセールス的にも素晴らしい成績を収めたデュア・リパもまた、この有償の配信イベントの準備を進めていた。タイトルは『Studio 2054』。レイブパーティーを彷彿とさせる巨大なウェアハウススタジオで開催されるこのイベントは、"現実とファンタジーを融合させた新感覚のストリーミングライブ"になると宣言されていた。

 筆者は今回のイベントのVIPチケット(といっても通常より500円高いだけなのだが)を購入したので、本配信の15分前から放送されるバックステージ映像を楽しむことができたのだが、ショーの1週間以上前から毎日、入念にリハーサルを行っている様子を確認することができた。そこには、セットの作り込みから、各楽曲でのパフォーマーの細かな位置取り、一つひとつのカメラの動きなど、徹底的にこだわるデュアとスタッフの姿があり、今回のショーがやはり普通のライブパフォーマンスを超えた、一つの作品であることを期待させる。そう、『Studio 2054』はこの2020年に大活躍したデュアの活動の集大成でもあるのだ。

MVにおける「徹底的な構図へのこだわり」を1時間10分のパフォーマンスへ拡張するという挑戦

 左右を黒く塗った4:3の画角と、少しもやがかったようなフィルター越しに映像が映し出される。バックバンドがイントロを鳴らし始め、色とりどりの衣装を身にまとったパフォーマーがステージの周りで歓声を上げる中、『Future Nostalgia』のオープニング曲でもある「Future Nostalgia」が始まる。ステージライトに照らされ、華やかな白の衣装を身にまとったデュアが煌めきを放ちながら、ライブパフォーマンス初披露となる本楽曲を歌い始め、パフォーマーが自由に踊りだす。その中で一人キレのある動きを見せるデュアの姿がとても美しい。

 ステージを彩るのは白熱灯の照明と、空中にぶら下がった80年代を彷彿とさせるネオンのみで、現代のライブによくあるようなLED照明やスクリーンは存在せず、CGによる合成もない。カメラワークも目まぐるしく変わることはなく、あくまでデュアのパフォーマンスを中心に捉えようとしている。その映像はまるで、昔の『Top of the Pops』のような歌番組を彷彿とさせる。楽曲は「Levitating」、「Pretty Please」へと変わり、先ほどまで自由に踊っていたパフォーマー達が今度はデュアと共に一糸乱れぬパフォーマンスを披露する。

 楽曲との相性も抜群で、現代のパフォーマンスに慣れた身としては逆に新鮮な光景、何よりライトに照らされるデュアの美しさに惚れ惚れしながら「なるほど、今回は『Future Nostalgia』の70年代~80年代ポップスの世界観を再現するために、こういうスタイルにしたのか」と納得しながら見ていると、「Break My Heart」で大きく様子が変わってくる。ネオンカラーの巨大なリングで彩られた空間へと場面が変わり、歌いながら歩くデュアに併せてカメラがどんどん動いていく。移動していく景色の中で、各位置にスタンバイしているパフォーマー、レコードボックスやビビッドな色彩のラックやロッカーといったアイテムが彩りを添えていく。そして、その全てが極めて美しい構図に収まっているのだ。しかもほとんどワンカットである。まさに同楽曲のMVを彷彿とさせるような見事な映像だ。

Dua Lipa - Break My Heart (Official Video)

 その光景に驚いていると、今度はカメラが16:9の画角とハイファイな質感の映像へと切り替わる。たった4つのライトと、月明かりを思わせるようなセットの中で、FKA twigsがポールダンスをしながら神秘的な歌声を披露する。終盤ではデュアも合流し、二人で見事にポーズを決めていく。先ほどまでの懐かしい質感は消滅し、極めて洗練されたパフォーマンスが空間を支配する。この「Why Don't You Love Me」を終えて退場したデュアが向かったのは、先程までの場所とは全く異なる、ネオンで彩られたナイトクラブのような広い空間だ。左にはバーカウンター、中央にはDJブースが設けられており、そこではバックバンドからバトンを引き継いだ『Club Future Nostalgia』の制作を担当したDJのThe Blessed Madonnaがターンテーブルを操っている。懐かしい雰囲気を漂わせつつも、頭上にはLED照明が輝き、ネオンの照明も目まぐるしく明滅を繰り返す。カメラワークの切り替わりも加速し、先ほどよりもずっと現代的なパフォーマンスが始まる。「Physical」ではなんとデュアとパフォーマーによるトゥワークまで披露された。

 そう、『Studio 2054』においてデュア・リパは一つのオンラインパフォーマンスの中で、異なるライブセットを次々と切り替えていくことで自身が持つ様々な世界観を一つのパフォーマンスの中で同居させようとしているのだ。さらに、それぞれのセットの中でもデュア本人とパフォーマーによるフォーメーションとカメラワークを通して、極力シームレスな映像を貫きながら大きく景色を変えていくのである。このような試み自体はこれまでのミュージックビデオやテレビパフォーマンスでも取り組まれてきたことではあるが、彼女はそれを1時間10分のパフォーマンスへと拡張してしまったのである。「New Rules」のパフォーマンスにおいては、ライブセットを行き来するために使うスタジオの廊下と思わしき場所までパフォーマンスの場所として使ってしまっている。そしてやはりその全てが美しい構図に収まっているのだ。次に何が起こるか全く分からない展開の数々に、一瞬たりとも画面から目が離せなくなってしまった。

Dua Lipa - ‘Levitating’ at the AMAs 2020

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる