ヒトリエというバンドの終わらない物語ーー柴那典がベストアルバム『4』を“起承転結”で辿る

ヒトリエというバンドの終わらない物語ーー柴那典がベストアルバム『4』を“起承転結”で辿る

 wowakaの突然の死から1年4カ月。ヒトリエがベストアルバム『4』をリリースする。

 バンドにとって初のベストアルバムとなる『4』は、CD2枚組に全27曲を収録し、2012年からの7年間の軌跡を辿る作品だ。このベスト盤がどういう位置づけなのか。それを最も雄弁に象徴しているのは、リリースによせたメンバーのコメントだろう。

「最初に言わなければいけないのは、本来であれば今はヒトリエの『ベストアルバム』が出るはずのタイミングではなかっただろうということです。ただそれ以上に言いたいのは、とはいえこの作品を不本意にリリースするということでは全くないということ。僕らに出来るのは、ヒトリエの作ってきた音楽を、もしくはヒトリエそのものを、これからも伝え続けること、今まで届けられていなかった人にさえ伝わるように生きることだけです」(イガラシ)

「今尚ヒトリエを聴いてくれてる人達も今一度僕達の足跡を辿ってみて欲しいし、新しくヒトリエを知ってくれた人達もこの4人がどれだけヤバいか理解して欲しい。いつだって僕はみんなにヒトリエを聴いて欲しいと思っています」(シノダ)

「今一度4人の軌跡をみんなに伝えるよ、4人のサウンドは狂犬のようにかっこいいんだ」(ゆーまお)

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のために開催の中止が発表されたが、5月には全国18カ所、21公演のライブツアー『ヒトリエ BEST ALBUM TOUR “4”』も予定されていた。緊急事態宣言の発令によるCDショップなどの臨時休業を受け、ベスト盤の発売日自体も当初の4月22日から8月19日へと延期となった。

 ただ、ツアーは中止ではあるが、言っておきたいのは、本作は「続ける」ためのベストアルバムである、ということだ。そこにはメンバー3人はもちろん、スタッフの意志もあっただろう。

 2019年の4月、筆者はwowakaの逝去を受けて当サイトに追悼文を寄稿した。(ヒトリエ wowakaが音楽シーンにもたらした“発明” ロックをアップデートしてきた足跡を辿る

「こんなところで、こんな風に、その旅路が終わるはずがなかった。終わっていいわけがなかった」

 そこにはこう書いた。でも、その後昨年6月に新木場STUDIO COASTにて行われた『wowaka追悼 於 新木場STUDIO COAST』で、少し考えが変わった。祭壇に献花をしたときには辛く哀しい感情で一杯だったけれど、wowakaのギターをステージ中央に置いたシノダ、イガラシ、ゆーまおの3人でのライブを観ているうちに別の感情が湧き上がってきた。

 それは「このバンドは、終わらない」という直感。その日のMCでも、シノダはこの先が何も決まっていないこと、でも、少なくともバンドは解散しないということを告げていた。

 ライブが終わって、僕が思い浮かべたのは、フィッシュマンズやフジファブリックのことだった。どちらも日本のロックシーンに重要な足跡を残したバンドだ。そして、フィッシュマンズの佐藤伸治が急逝してから約20年、フジファブリックの志村正彦が亡くなってからは約10年。どちらもバンドの支柱であるフロントマンを失ってから、今もなお、バンドは歩みを止めず、それぞれの形で活動を続けている。

 もちろん、それぞれのバンドにはそれぞれの事情がある。フロントマンが急逝したということだけで乱暴に括ってしまうのは違うだろう。

 けれど、僕は、それだけではない共通点があると思っている。ひとつは、佐藤伸治も、志村正彦も、そしてwowakaも、他の誰にも真似できない音楽の才能を持ったアーティストだったということ。そしてもう一つは、メンバー同士の間に、その才能を敬愛し、確かな演奏技術と音楽センスを共有しながら共に楽曲を作ってきた関係性が築かれていたということ。

 だからこそ、ヒトリエは「終わらない」。そういう直感があった。もちろん、先のことはどうなるかわからない。シノダ、イガラシ、ゆーまおの3人の意志次第だろう。けれど、僕はそこに対しての、そして3人の演奏技術と音楽センスとネットシーン出身ならではのクリエイターとしての才能にも、信頼を置いている。

 ヒトリエは、そもそもボカロPだったwowakaが中心になって2012年に結成されたバンドだ。だからこそ、たとえば高校や大学の軽音楽部やサークルだったり、ライブハウスやスタジオでのつながりだったりから結成された他のバンドとは、成り立ちも当初の関係性も少し違う。イガラシ、ゆーまおは、そもそもボーカロイドやネットシーンで活躍していたプレイヤーだったし、シノダもそこからのつながりで加入したメンバーだ。

 最初の音源は『ルームシック・ガールズエスケープ』。2012年冬、コミックマーケットで頒布された自主製作アルバムだった。2013年4月には自主制作EP『non-fiction four e.p.』をリリースし、初のワンマンライブを行っている。

 ベスト盤に収録された「Sister Judy」や「モンタージュガール」や「カラノワレモノ」は、この頃の曲だ。これらの曲を作った頃はワンマンライブも行っていないから、あくまでwowakaにとってヒトリエは前身のプロジェクト「ひとりアトリエ」からの延長線上。4人の関係性も、バンドというより「ボーカロイドではなく自分自身の身体を通して音楽を表現する欲求に目覚めたwowakaと、それをサポートする3人」というものだったはずだ。

 そこからヒトリエは、バンドとして飛躍の時期を迎える。ソニー・ミュージックグループ傘下に自主レーベル<非日常レコーズ>を立ち上げ、2014年1月にはシングル『センスレス・ワンダー』でメジャーデビュー。その年の2月にミニアルバム『イマジナリー・モノフィクション』をリリース、数々のフェスにも出演を果たし、そして同年11月に初のフルアルバム『WONDER and WONDER』をリリースしている。

 ベスト盤収録曲では、「センスレス・ワンダー」や「踊るマネキン、唄う阿呆」や「NONSENSE」や「インパーフェクション」がこの時期にあたる。

 この頃までのヒトリエは、いわば「バンドサウンドの確立期」と言える。起承転結の“起”だ。バンドとしてのヒトリエのアイデンティティを作り上げていく時期だったはずだ。

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