宇多田ヒカル「誰にも言わない」から感じる“私”であることを貫く詞の凄み 「Time」とは対照的なサウンドプロダクションも

宇多田ヒカル「誰にも言わない」から感じる“私”であることを貫く詞の凄み 「Time」とは対照的なサウンドプロダクションも

 5月29日、宇多田ヒカルが新曲「誰にも言わない」をリリースした。すでに、宇多田本人も出演する「サントリー天然水」CMソングとして一部オンエアされていた楽曲で、耳にしたことがある人も多いだろう。5月8日に配信リリースされた、ドラマ『美食探偵 明智五郎』(日本テレビ系)の主題歌「Time」は、削ぎ落とされたシンプルなプロダクションが耳をとらえた。他方、「誰にも言わない」はそれとは対照的に厚く繊細にレイヤーされたサウンドが4分半を満たしている。CMで断片的に聴いただけでも「この楽曲はすごいのでは?」と思っていたけれど、実際すごかった。『Fantôme』(2016年)、『初恋』(2018年)を経て、いっそうのクリエイティブな飛躍を感じる濃密な作品だ。サウンド面はもちろんのこと、詞においても、語り手に託された言葉たちには、「私」であることを貫く、そのラディカルさがみなぎっている。

サントリー天然水『光も風もいただきます』篇 60秒CM / 宇多田ヒカル

 ボーカルのニュアンス、各パートの抜き差し、溶けるように印象を変えていくリズム、つかみどころなくたゆたっていくハーモニーとメロディ。楽曲の構成自体はすっきりとした見通しの良さを持っているが、さまざまな細部が「気持ちの良いサビ」のようなクライマックスを絶妙に回避し、じわりじわりと楽曲を進めていく。歌メロもボーカリゼーションも、起伏によってドラマチックにストーリーを進めるよりは、淡々とした反復のなかに情動を宿らせていて、クールなのにふつふつと高揚が訪れる。また、豊かなリバーブを伴って、各パートが深い霧の中から浮かび上がったり遠ざかったりしていくかのようにさまざまな表情を見せ、気づけば聴き通してしまう。場面を切り替えながら、サウンドが折り重なってテクスチャーをかたちづくり、スケール感の大きな世界を現出させる手際は、同曲の共同プロデュースに名を連ねる小袋成彬の最新作『Piercing』も彷彿とさせる。

 「Time」でも注目したリズムの面でいえば(宇多田ヒカル、繊細なリズム感覚と『初恋』以降のモード ドラマ『美食探偵 明智五郎』主題歌「Time」から紐解く)、16ビートに対して三連を基調として浮遊感を強調した譜割りもさることながら、楽曲の後半、〈Can you satisfy me〉というボーカルのソロから始まってふたたびビートがビルドアップしていく展開は、リズムの重心を見失いそうになる。拍子やテンポが変わったわけではなく、一定のリズムはキープしているのだが、歌メロの弱起の置き方やキックドラムの戻り方によって方向感覚が喪失してしまう。宇多田のボーカルとパーカッションが軸となって進んでいくこの部分で、「あなたの身体が欲しい」と、ほのめかされていた欲望が生々しく露になる構成も良い。アブストラクトな音の群れのように思えたものにセクシュアルなニュアンスが漂い出す――特にサックスの聴こえ方は如実に変わってくる。息づかいが伝える身体性に、フォーカスをあててしまう。

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