宇多田ヒカル「誰にも言わない」から感じる“私”であることを貫く詞の凄み 「Time」とは対照的なサウンドプロダクションも

宇多田ヒカル「誰にも言わない」の凄み

 自分の「いま・ここ」の欲望を貫くため、痛みに対してあえて無防備たろうとする詞のすごみは言うまでもない。自分の欲望を、また「いま」を肯定しながら、その向こうにおそらく痛みが待ち構えていることを知ってなお肯定し通すことの強さは鮮烈だ。傷ついてなお、他者と交わることを選ぶ。しかも、語り手は最初に自分のこれまでの人生を振り返って、そう言い切るのだ。そうした強さが、楽曲の締めくくりでは、好きな歌を口ずさみながら歩くというささやかな、日常的な楽しみへとつなぎあわされている軽やかさも印象的だ。一回性のドラマとして過剰に劇的な物語を描くのではなく、日常へ、個人へと収斂していく、視点のスケール感の変化もサウンドとマッチしている。もはやプライべートな情念とは無縁な普遍へと突き抜けるかのようだ。

 『初恋』においても同じような主題は繰り返し展開されていた(し、20年以上にわたるキャリアにおいてもそうかもしれない)が、どこかいびつさを感じていたのが正直なところだ。ロマンティック・ラブに殉じるかのように見えて、ごつごつとした剰余を感じさせる詞には、真価をつかみあぐねてしまうところがあった。しかし、「Time」も「誰にも言わない」も、たしかに切実なものを歌っているにも関わらず、ひそやかで、それだけに奇妙な強さを保っている。私に固有の欲望を守り切ることはそれ自体ひとつの抵抗であることを改めて認識させられる。

 立て続けにリリースされた2曲がこうもエッジの立ったものだと、いきおい今後のリリース、ひいてはアルバムまでを期待してしまう。ここにきて「次」を感じさせる宇多田ヒカルには率直に驚くばかりだ。

■imdkm
1989年生まれ。山形県出身。ライター、批評家。ダンスミュージックを愛好し制作もする立場から、現代のポップミュージックについて考察する。著書に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。ウェブサイト:imdkm.com

■リリース情報
配信シングル「誰にも言わない」(「サントリー天然水」CMソング)
2020年5月29日(金)発売
サントリー天然水 特設ページ

配信シングル「Time」(日本テレビ系日曜ドラマ『美食探偵 明智五郎』主題歌)
2020年5月8日(金)配信スタート
「Time」配信リンク
YouTube:「Time」Official Audio(Short Version)

■配信情報
『自宅隔離中のヒカルパイセンに聞け!』
配信日時:5月3日(日)、 5月10日(日)、5月17日(日)、5月24日(日)、5月31日(日)
各日19時半~20時頃より配信スタート予定

■配信元アカウント
宇多田ヒカルInstagram(@kuma_power)

「Time」 歌詞サイト

宇多田ヒカルオフィシャルサイト

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