映画『音量を上げろタコ!』ロックへのこだわり 兵庫慎司が音楽描写に感じた“リアル”とは?
ちなみに、その7曲以外の、映画全体の音楽は、上野耕路が担当している。映画、ドラマ、CMの音楽仕事でひっぱりだこだし、三木監督とよく仕事をしている方でもあるが、もうこうなって来ると「80年代にハルメンズでサエキけんぞうと、ゲルニカで戸川純と組んでた人だよな」という方向で解釈したくなって来るのだった。
三木監督が当てブリが嫌いなため、すべての音楽シーン、本当に演奏し、歌っているそうだ(さすがに音はあとからかぶせているだろうが)。だから本物のミュージシャンを起用したのだろうが、よって本物のミュージシャンではない吉岡里帆は、どえらいレベルで歌とギターの練習をする必要に迫られた、という。
とにかく、そんなようなわけで、「ロックファンが鼻白む思いをせずに観ることができるロック映画」を目指して作られた、それがこの『音タコ』だというふうに、私は解釈しました。
あ、あともうひとつ。映画の骨格になっている「シンが“声帯ドーピング”で驚異の歌声を手に入れた」という設定。これ、「現実にはありえない荒唐無稽な話だからおもしろい」という動機で書かれたのか、それとも「実際にありうるからリアル」という意味合いだったのかは知らないが、僕個人としては、完全に後者の気持ちで観ました。
もともとすごい声が出ない人が“声帯ドーピング”でそれを手に入れた、という実例は僕は知らないが、「もともとすごい声が出てたんだけど酷使しすぎて出なくなったのを、クスリ(違法ドラッグじゃなくて病院の処方箋で出るやつ)でなんとかする」という実例は、ひとつふたつじゃなく、知っているので。
「あのクスリ、すごい効くけど副作用ひどいから、どうしてもって時しか使うな、って医者に言われて。それでも半年にいっぺんぐらい使わないとどうにもならない時、あるんですよねえ」
「あ、そうなんだ? 俺、毎回使ってる」
「ま、マジっすか!?」
という、中堅ボーカリストとベテランボーカリストの会話を、目の前できいたことがあります。
■兵庫慎司
1968年生まれ。音楽などのライター。「リアルサウンド」「SPICE」「DI:GA online」「ROCKIN’ON JAPAN」「週刊SPA!」「CREA」「KAMINOGE」などに寄稿中。フラワーカンパニーズとの共著『消えぞこない メンバーチェンジなし! 活動休止なし! ヒット曲なし! のバンドが結成26年で日本武道館ワンマンにたどりつく話』(リットーミュージック)が発売中。