『紅白』は二度オリンピックの夢を見るか? “原点回帰”への動きを読む

 実際、『紅白』の中身も1963年の頃と比べて大きく変わってきている。

 1963年の『紅白』では、東京オリンピックと「東京五輪音頭」を見ればわかるように、世の中の動きとその年のヒット曲は密接に絡んでいた。私たちが『紅白』について抱く「ヒット曲を通じてその一年の世の中を振り返る」というイメージは、その頃出来上がったと言っていい。

 だが、いまや『紅白』は、大きく様変わりしている。出場歌手は、その年のヒット曲を歌うよりは、過去にヒットした定番曲を歌うことが増えた。

 今年で言うと、たとえば坂本冬美の「夜桜お七」(1994)、郷ひろみの「言えないよ」(1994)、石川さゆりの「天城越え」(1986)などはそうだろう。「天城越え」にいたっては、『紅白』で披露されるのはなんと10回目になる。X JAPANの「紅」(1989)、高橋真梨子の「ごめんね…」(1996)、TOKIOの「宙船」(2006)、絢香の「三日月」(2006)、いきものがかりの「SAKURA」(2006)、また初出場ではあるがTHE YELLOW MONKEYの「JAM」(1996)、KinKi Kidsの「硝子の少年」(1997)にも似たことが言えるだろう。

 つまり、最初にふれたベテラン歌手の不出場もあり、想定される視聴者層はより若くなったかもしれないが、ノスタルジーの色合いが濃いこと自体は変わらない。

 そこには時代の変化もある。よく指摘されるように、いまやヒットの仕方も多様化している。今年、2005年以来の出場を果たしたAIが歌う「みんながみんな英雄」(2016)や初出場の桐谷健太の「海の声」はCMで話題となり、配信で大ヒットした楽曲である。さらに同じく初出場のRADIO FISH「PERFECT HUMAN」も配信限定シングルであり、YouTube動画で大きく火が付いた。また同じく初出場のRADWIMPSが歌う「前前前世[original ver.]」は、メガヒットしたアニメ映画『君の名は。』の劇中曲だ。

 それは裏を返せば、年齢や世代を問わず誰もが知るヒット曲が少なくなったということでもある。近年の『紅白』は、そうした時代の変化に対して、2013年の「『あまちゃん』“特別編”」での「潮騒のメモリー」のように、人気コンテンツに絡めた企画で補おうとしてきた。

 その点で言えば、今年はなんと言っても星野源の「恋」が注目される。星野自身が出演して社会現象化した人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)では、エンディングで出演者たちが踊る「恋ダンス」が大きな話題になった。しかも審査員のひとりには同作で共演した新垣結衣も決まり、“「逃げ恥」シフト”は万全と言える。おそらく番組の目玉になるに違いない。

 こうしてみると、今年も最近の傾向とそれほど変わっていないように見える。ただ、ひとつ改革との関連で目に付くのは「原点回帰」への動きである。

 今年の出場組数は、紅白あわせて46組。昨年に比べて6組減った。平成に入って2部構成になってからはほとんどの年が50組以上の出場だったので、かなり組数を絞った印象だ。また近年恒例化しつつあったサプライズの特別出演も予定されていない。となると、当然一組当たりの持ち時間が長くなる。

 そこには、“歌番組『紅白』”への「原点回帰」が読み取れる。もちろんその際には、世代の偏りなく見てもらえるようにする工夫も必要だ。石川さゆりと嵐というトリの組合せも、そのあたりに配慮した結果と言えるだろう。4か年計画のスタートにあたって、まずはもう一度スタートラインに立つことを選んだということではないだろうか。

 いずれにしても、歴史的に見て『紅白』は大きな正念場を迎えている。しかもそこには、『紅白』にとって「過去の自分との闘い」、つまりどの部分の伝統を引き継ぎ、どの部分を新しくしていくかという難しさもある。だがそれでも『紅白』が未来もずっと続いていくためには、いまそれをやらなければならない。番組がこれからの4年の共通テーマとして掲げたのが「夢を歌おう」。その夢は、視聴者だけでなく『紅白』という番組のものでもあるのかもしれない。

※本記事は、2016年12月29日時点で発表されている情報をもとに執筆したものです。

■太田省一
1960年生まれ。社会学者。テレビとその周辺(アイドル、お笑いなど)に関することが現在の主な執筆テーマ。著書に『SMAPと平成ニッポン 不安の時代のエンターテインメント』(光文社新書)、『ジャニーズの正体 エンターテインメントの戦後史』(双葉社)、『中居正広という生き方』(青弓社)、『社会は笑う・増補版』(青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』『アイドル進化論』(以上、筑摩書房)。WEBRONZAにて「ネット動画の風景」を連載中。

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