小野島大が"鬼才音楽家”を直撃インタビュー
CMJKが明かす、J-POPのサウンド制作最前線「アイドルの仕事こそやりたいことができる」
「ローカライズの大事さがちょっとわかってきました」
ーーマクロスプラスの主題歌(「INFORMATION HIGH」1995年)をやった時も、マクロスのほかの曲を全然聞かなかったんですよね。
CMJK:(笑)そうなんですよ。仕事がくれば喜んでやりますけど、勉強しようって気はないですね。
ーーザ・インビューズで「自分は、クライアントのアーティストの過去作品を聴いてそのアーティストの志向性や方向性、特徴を分析・勉強して、これまでの作風を壊さないようアレンジするようなタイプの編曲家ではない」と書かれてますね。
CMJK:そういう方もいますけど、僕はやらないです。それをやっちゃうと僕に来た意味がないと思うんで。
ーーそれまでの流れや常識やセオリーとは違うものをやる。
CMJK:それが求められてるんだろうなと思ってます。
ーーなるほど、わかる気がします。最近アイドル仕事をやられていて、仕事として普通のJ-POPとは何が違いますか。
CMJK:これがですね、アイドルだからって舐めたもんじゃなくて、今までの仕事よりもっと大変です。1曲の中に、今までの3曲分ぐらいの労力が必要です。
ーーフックがたくさん必要だということですか。
CMJK:も、そうです。今までの3曲を合体させたぐらい。データの量もトラックの数もかかる時間も今までの3倍ぐらいですね。それが普通だと思います。
ーーアイディアが一杯詰まっていて、楽曲の密度が高くて…。
CMJK:そうです。情報量の多さですね。みんなそれに慣れてますから。でもそれはいいことだと思うんです。
ーーアイドルとかアニソンとかボーカロイドが、その情報量の多さと密度の高さで日本のシーンを変えたっていう意見もありますね。私の身の回りでも、耳が変わった、意識が変わったという人も多いんですよ。その感覚は理解できますか。
CMJK:そうですね。僕らは世代的に非常に洋楽コンプレックスが強いと思うんです。僕もわりと洋楽純粋培養で来たと思うんですけど…。
ーーわりと?
CMJK:(笑)かなり。なので海外で勝負しようかと思った時期もありましたけど、やっぱり日本にいて良かったなあと思うんです。向こうの目をこっちに向けさせることがようやくできるようになった。よく飲むと話すんですけど、インドに修行に行ってカレーの作り方を会得してきた、イタリアに修行に行って窯焼きピッツアの作り方会得してきた、それで中目黒の一歩入った裏通りに店を出せばモテるだろうしそこそこ流行るだろうけど、お茶の間までは浸透しない。なのでその技術を生かして、インドカレーまんとかナポリピッツァまんを作ってコンビニに下ろさなきゃいけないんだろうなって気がしてまして。
ーーでも「ザ・インタビューズ」にある通りCMJKさんの仕事は「こだわりのラーメン屋」なんですよね。
CMJK:そう。でもそんなに手を広げるわけじゃない。ローカライズって意味では、ラーメンだって中国発祥のものが日本食としてローカライズされてるわけですから。ようやくここ数年で、ローカライズみたいなものの大事さがちょっとわかってきました。それまでは、あまり日本に寄せてもなーと思ってましたから。
ーー洋楽文化をどうローカライズして根付かせるかっていう意味では、それこそ明治になって西洋音楽が入ってきてからずっと課題としてあったと思うんです。音楽に限ったことではないですが。そこあたりの重要性が、JKさんの中で改めて認識されてきた。
CMJK:そうですね。トシをとったのかわからないですけど。若い頃は外人になりたかったんですけど、今はこのまま日本産の音楽も面白いなと思ってもらえることの方が、チャンスとしてはあるんじゃないかなと。
ーーどうしてそういう意識になったんですか。
CMJK:ブログにも書きましたが、震災はひとつのきっかけでした。あとやっぱりね、日本のクリエイターが<本場に挑戦>とか言っても、一部熱狂的に受け入れられる事はあってもビルボードのトップに食い込むほどまでにはなかなか行けないじゃないですか。なんでもかんでも。我々みたいなトラックメーカーでも、求められるのは日本的なことなんですよ。
ーー洋楽の仕事もおやりになりますよね。
CMJK:はい、年に1回ぐらい。最近ではリンゴ・デススターのリミックスとかさせてもらいました。そこでもやっぱり日本的なものを求められると思ったので、オリジナルはロックなんだけど、緻密なエレクトロニカにしてあげなきゃな、と思って。
ーーテイ・トーワさんや屋敷豪太さんみたいに向こうのバンドに加わって成功した方もいますね。
CMJK:はい、僕もマッシヴ・アタックに入ろうと思いました、本気で(笑)。
ーーらしいですね。マッシュルームが辞めたタイミングですか?(1998年)
CMJK:はい。打ち込みできるし、ブラック・ミュージックもニュー・ウエイヴも好きだし、ギターも弾けるし、オレしかいないだろうって、その時は本気で思ってました。へへへへ(笑)。
ーーダメ元でアプローチしてみればよかったのに。
CMJK:いえいえ。みなさんそう言いますけど。やっぱりね、日本でこんなことやった、って実績がまだないなって思ったんですよ。
ーーローカライズの作業として、邦楽とかJ-POP的なメロディやコード進行と、最新のトラックを融合するような音楽をやっていきたいとJKさんは書かれてましたね。それを今実践しつつあることということですか?
CMJK:そうだと思います。ようやくできてきてるんじゃないかなと。