リスト、ベートーヴェン……霊界の楽聖たちの作品を代筆!? 音楽霊媒師が書き残した奇書を読む

真偽ではなく文化現象として

 ローズマリーの能力はまずスピリチュアル方面の人々に知られるようになり、音楽教師などにも支持者が現れてきて、マスメディアにも着目する人が出てくるようになる。

 1967年にBBCのラジオ番組で取り上げられたのがメディアへの露出の最初である。69年にはやはりBBCでドキュメンタリー番組が放映された。以降イギリスのみならず、アメリカの『LIFE』など海外のメディアにも取り上げられ始め、レコードも発売される運びとなる。

 1971年頃からは、超心理学研究で有名なオランダ・ユトレヒト大学のテンハーフ教授がローズマリーに興味を持ち研究に着手した。テンハーフ教授は、継続的調査の計画が進行中であるとアナウンスしたのだが、訳者によると実現されなかったようだ。

『LIFE』の記事は両論併記になっており、音楽家や音楽評論家らの「作曲家たちの有名な作品の焼き直しにすぎない」「作品の質が、作曲家たちの生前の作に比べて明らかに低い」といった批判や疑念も載せられていた。

 ローズマリーに対する批判や疑惑は詰まるところ、本当は音楽の素養があるのにそれを隠して霊から受信した作品だと言い張っているのではないか、つまりペテンではないかということに集約されるだろう。

 バリエーションとして、記憶喪失か何かで過去に音楽教育を受けたことやクラシック音楽に親しんだことを忘却してしまっており、潜在記憶が顕現しているのではないかという説もあった。作曲数の多さについて協力者がいるのではないかと疑われたりもしたが、それらしい人物が浮上することはなかった。

 霊の存在が実証できない以上、彼女の主張の真正性を証明するには、作曲家たちに関する情報で彼女しか知りえないようなものを提出するのが早道だが、これは実は検証ができない。誰も知りようがない情報が差し出されたとしてもそれが真か否か判定ができないし、裏付ける資料が見つかったら彼女がどこかでそれを知っていた可能性が出てきてしまうからだ。彼女がその資料を見ていないことを示すのは著しく困難である。

 というわけで結局のところ、彼女の音楽の真正性は、それを信じる人には本物だし、信じない人には偽物であるという、超常現象全般と同様の状態のままで現在に至っている。

 僕個人は、すでにお気づきかもしれないが、こうしたスピリチュアリズムは基本的にまったく信じていない「懐疑派」である。したがってローズマリーの音楽が霊界から来たものであるということにもむろん否定的である。

 おそらく本当に音楽の教育をろくに受けたことがなかっただろうローズマリーが、仮に模倣としても、それなりに作曲家の個性を捉えた、バラエティに富んだ楽曲を大量に書いたという現象はたしかに謎めいているが、しかしそれにも何らかの合理的な説明がありうるだろうと思っている(実際にされるかはともかく)。

 だが、信じる、信じないは別として、1960年代から70年代にかけてローズマリーのような人物が出現してメディアを賑わしたという事実は、時代の精神性が刻印された文化現象として貴重であり、オカルトと捨て去り無視してしまうのはむしろ損失なのではないか。そんな考えからここに取り上げた次第である。

 ローズマリーの書き残した楽譜は現在、大英図書館に収蔵されている。先にタイトルをあげた「グリューベライ(inspired by リスト)」はおそらく一番有名な楽曲だが、同図書館から取得した写しが巻末に掲載されている。右手は4分の5拍子、左手は2分の3拍子で書かれたポリリズムのピアノ曲である。

Rosemary Brown: Grübelei, transmitted by Franz Liszt, 1969

■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter

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