工藤静香『MY TREASURE BEST』が教えてくれる、80年代アイドルブーム終焉の真実

 そこで鍵となったのは中島みゆきの起用である。当時から都市伝説のように語られてきたエピソードをご存知だろうか? 工藤静香がソロデビューするにあたって、当時ポニーキャニオンのディレクターであった渡辺有三氏はまだ高校2年生だった彼女に「松任谷由実と竹内まりやと中島みゆきの3人の中で、誰が一番好き?」と質問した。そこで工藤静香が一瞬の迷いもなく「中島みゆきさんです」と答えたところから、その後の輝かしいソロキャリアが始まったとされるわけだが、工藤静香本人に確認したところ、このエピソードは完全にそのまんま実話とのこと。松田聖子の作品のクオリティ面における大充実をきっかけに、ニューミュージック勢がこぞってアイドルに楽曲を提供するようになった80年代末の日本のポップスシーンの景気の良さを象徴している話である。

 『MY TREASURE BEST ー中島みゆき×後藤次利コレクションー』をリリースすることになった理由について、工藤静香は「(中島)みゆきさんファンに対して、みゆきさんの作品を廃盤のままにしておくのは申し訳ないと思った」と語っていた。新曲「単・純・愛 vs 本当の嘘」を含めて、実に18曲もの「中島みゆき×後藤次利」楽曲が収録されている本作(ちなみに、そのコンセプトにしたがって、中島みゆきが作詞作曲両方を手がけている楽曲は収録されていない)。そこには、近年あまり日の目を見なかったアルバム収録曲やシングルのBサイド曲(当時はカップリングという言葉なんてなかった)の数々も収められている。つまり「歴史を残す」という意味において、本作は実は「ベスト」というよりも「アーカイブ」的な意味合いが強い作品なのだ。そして、それは昨年亡くなった、日本ポップス史に残る名ディレクターであり、工藤静香の「生みの親」的な存在でもある渡辺有三氏への「トリビュート」でもある。

 自分が常々思ってきたのは、日本のポップスの歴史を振り返るにあたって、あまりにも「はっぴいえんど史観」が幅を利かせすぎてはいないかということだ。確かに、はっぴいえんどとその人脈(もちろんそこには山下達郎も松任谷由実も竹内まりやも含まれる)が80年代以降の日本のポップス界に残してきた作品群はあまりにも偉大である。それ故に、そこには系統立てた論考も数多く存在するし、編集盤的な存在も数多く編まれてきた。後年の音楽ファンは、そこから日本のポップスの歴史の豊潤さを再発見してきたわけだが、再発見すべき対象は他にも実にたくさんあるのだということを、今作『MY TREASURE BEST ー中島みゆき×後藤次利コレクションー』は教えてくれる。と、ここまで書いてきて、中島みゆきの往年の名作を支えていたギタリストは鈴木茂だったこと、後藤次利の存在が広く知られるきっかけとなったのは高橋幸宏に誘われて解散直前のサディスティック・ミカ・バンドにベーシストとして参加したことなどを思い出してしまったのだけど……。やっぱり、はっぴいえんどってすごいや(すみません、こんなオチで)。

■宇野維正:音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter

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