小野島大の「この洋楽を聴け!」第12回:スワンズ
アメリカン・アンダーグラウンド・ロックの巨星、スワンズの歩みを振り返る
サーカス・モルトの面影を感じさせながらも、よりクールにメタリックに抑制されたサウンドは、NEW YORK NO WAVEからの発展形としてのポスト・パンク・ムーヴメントへのジラなりの回答だったのでしょう。しかし、まだスワンズのオリジナリティが確立されたとは到底言えません。スワンズがその恐るべき全貌を現したのは1年後です。
現在に至るまでジラの片腕としてバンドを支えるノーマン・ウエストバーグ(g)、後にジム・フィータスとワイズブラッドというユニットを組み、ザ・ザやフェイス・ノー・モア、フリクションなどのプロデューサーとしても名を馳せるロリ・モシマン(ds)、ハリー・クロスビー(b)の3人が新たに加わり、サーカス・モルト時代からのジョナサン・ケイン(ds)、ジラという5人編成となったスワンズが送り出したファースト・アルバム『Filth』(1983)こそが、スワンズの真のデビュー作であり、彼らの比類なきオリジナリティが確立された最重要作のひとつです。怒りや憎しみや絶望を、情緒や抑揚を一切排した無表情な歌で表現したジラのヴォーカル、メリハリのない超重量級の無機的でスローモーなリズムがあたり一面を押しつぶしていくような、徹底的にクールで無慈悲で倦怠的で破壊的なウルトラ・ヘヴィ・メタリック・ドローン・ノイズは、徹底した拒絶とともに熱狂的な支持者を産み、のちのインダストリアルやデス・メタル、グラインド・コア・サウンドの直接的な導火線となったのです。
そして84年にはジョナサン・ケインが抜け、ジム・フィータスことジム・サールウェルがゲストで加わったセカンド・アルバム『COP』をリリースします。
英インディの大手サム・ビザール傘下のK422からのリリースということで制作費も増え、前作よりも格段にアップしたサウンド・クオリティによって、ファースト同様の世界観がよりヘヴィに、メタリックに、クリアに展開され、前作以上の高い評価を得ることになります。私が彼らを初めて聴いたのもこのアルバムでした。今聴いても心臓の高鳴りが止まらなくなるような衝撃的なサウンドですね。
その後のスワンズはメンバー・チェンジを経て、$マークをジャケットに配した「マネー・コンセプト・シリーズ」と言われる一連の作品を85年~86年にかけてリリースします。この時期は、初期のラウドでヘヴィで荒々しいサウンドを、より音楽的に洗練されたアレンジやバロック的な様式によって、現在のスワンズにも通じる荘重で宗教的なプロダクションとして完成させていったと言えるでしょう。なかでもこの曲などは、「うるさいスワンズ」の集大成とも言える初期の強迫的なサウンドをうまくロック的なカタルシスに落とし込み様式化したもので、のちのインダストリアル・メタルの直接的な始祖と言えます。めちゃくちゃかっこいい。
そしてこの時期に、ジラは決定的な転機を迎えます。女性ヴォーカリスト、ジャーボーとの出会いです。当初はジャーナリストとしてジラをインタビューしにきたというジャーボーは、たちまちジラと意気投合し、スワンズに加入。上記「Time is Money」EPで「スクリーム」としてクレジットされたのを皮切りに、ヴォーカリストとして、また創作上の、あるいは私生活上のパートナーとして絶大な影響をジラに与えることになります。同時に二人はユニット、スキン(のちにワールド・オブ・スキン)を結成し、「マネー・コンセプト・シリーズ」の時期にアルバム2枚を制作します。
そしてこれを受けたスワンズは英大手インディ、ミュート傘下のプロダクト・インクと契約、2枚組の大作『Children Of God』を制作します。従来のスワンズらしい轟音ヘヴィ音響とともに、中近東音楽に通じるエスノ感覚、スキンで得られたリリカルで耽美的で叙情的な感覚やアコースティックなサウンドを大きくフィーチュアし、愛や救済を歌った歌詞を織り込んだ内容は、スワンズにとって大転換点となり、その表現世界は現在のスワンズにも通じると言えます。
この時期の貴重なライヴ映像がこれ。初期を彷彿とさせる「うるさいスワンズ」ですが、バンドは大きく変化していたのです。