アメリカン・アンダーグラウンド・ロックの巨星、スワンズの歩みを振り返る

 そして決定的だったのは1988年。アメリカのアンダーグラウンドなインディ・ロックの流れが、「オルタナティヴ」として大きなうねりとなって、のちのグランジ・ロックの大波がシーンを席巻していった、その激動の季節が訪れようとした時期でした。ライバル格のソニック・ユースが1990年にメジャー移籍してその流れが決定的となったわけですが、それに先駆け、スワンズはジョイ・ディヴィジョンの名曲「Love Will Tear Us Apart」をカヴァーしたシングルを発表。その静謐で透明で慈愛に満ちたサウンドは、大きな反響を巻き起こしました。

Swans / Love Will Tear Us Apart(1988)

 このシングルはアメリカのカレッジ・チャートで2位まであがるヒットとなり、これを手土産にスワンズはメジャーのMCAに移籍。翌89年、問題作『The Burning World』を発表します。

SWANS – CAN’T FIND MY WAY (1989)
Swans saved

 前者はブラインド・フェイスの名曲のカヴァーです。アルバム全体がこうしたソフトでメロディアスでアコースティックな歌もので占められた『The Burning World』は、ビル・ラズウェルがプロデュースを担当、写真家ロバート・メイプルソープによる美しいアルバム・カヴァーに包まれ、かっての殺伐とした爆音ノイズは微塵も感じられない内容。従来のスワンズ・サウンドとの決別ともとれるもので、「うるさいスワンズ」を求める初期からのファンに大きな衝撃を与えたのでした。しかし、初期ではなく現在のスワンズを語るのであれば、本作は歴史上欠かせない傑作と言えます。本作をきっかけに、彼らは大きく音楽的な幅や奥行きを広げていくことになります。

 とはいえスワンズのメジャー進出は思ったような結果が得られず、結果としてアルバム1枚をリリースしただけでメジャー離脱、彼らは自主レーベル「Young God」を設立して、91年に『White Light from the Mouth of Infinity』、92年に『Love of Life』とリリース。『The Burning World』で得られたアコースティックな歌世界をさらに深化させた、サイケデリックで宗教的でエスニックでドラマティックなドローン音響世界を追求しています。なお91年には初来日も果たしています。

Swans – Love Of Life (1992)

 さらに『The Great Annihilator』(1995)では、初期の轟音スワンズと中期以降のポップでアコースティックなスタイルの双方が融合し、ポスト・インダストリアルやポスト・ロック、アンビエントまで包含する、スワンズの集大成と言える傑作となりましたが、バンドとしてやり尽くしたという思いがあったのか、残念ながら続く『Soundtracks for the Blind』(1996)を最後に1997年にバンドは解散します。

Swans – Mind Body Light Sound

 解散後のジラはエンジェル・オブ・ライトを結成、ソロ・キャリアも並行して本格スタートさせて、精力的な活動を展開。ボブ・ディランやレナード・コーエン、あるいはジョニー・キャッシュなどに通じるフォーキーで穏やかな渋い歌ものを追求する一方で、ヤング・ゴッド・レーベルも積極的にリリースを続けました。なかでもアクロン/ファミリーやデヴェンドラ・バンハートらを発掘し、1980年代のポスト・ノー・ウエイヴから、2000年代以降のアメリカのアンダーグラウンドなインディ・ロック・シーンに至る道筋をつけたという意味でも、ジラの活動は大いに評価さるべきでしょう。

Angels of Light – All Souls Rising (2001)
Devendra Banhart ‘Little Yellow Spider'(2004)

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる