BUMP OF CHICKENの曲はなぜ感情を揺さぶる? ボーカルの特性と楽曲の構造から分析

『天体観測』の焦燥感と分数コード

 もうひとつ、BUMP OF CHICKENの和音の特徴に面白いものがあります。「Gbadd9 on Bb」というようにいわゆる「分数コード」を多用することです。分数コードとは、ベースラインがそのコードの基準の音(ルート)とは違う音を弾くコードのことです。C(ド ミ ソ)であれば、普通ベースはド(C)を弾きます。しかし「ConE」という場合、ベースはミ(E)を弾きます。分数コードと呼ばれるのは「C/E」という風にも表記するためです。

 そんな分数コードがもっとも特徴的に使われているのは、初期の彼らを代表する楽曲『天体観測』のサビです。

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 BUMP OF CHICKENはハーフダウンチューニングという、半音下げたチューニングで演奏するので、先程から表記がとても複雑ですね。少し細かく分析するので更に 半音下げてCをキーに移調しましょう。下のようにすっきりしてわかりやすくなります。

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 分数コードが使われている1段目と3段目に注目してください。1段目(見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗きこんだ)の「ConG」のG(ソ)はルートのC(ド)に対して5度で、ルートの次に安定的な音です。しかしそれでもルートを弾かない不安定さは拭えません。ではこの場合何のためにそんなことをするのかというと、おそらく理由は、単純に不安定な響きにするためと、次のAm(望遠鏡を)の ルートである「ラ」に向かって「ソ ラ」と1音上げてきれいつなげるためでしょう。

 面白いのは3段目(明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった)です。ボーカルは1段目と同じフレーズで始まるのですが、今度は「ConE」です。3度の音E(ミ)は、ルートに対して5度よりも不安定で切ない響きを持っています。不安定なので「切ない、早くどこかに移動したい!」という動的な欲求を呼びます。1段目で「ソ ラ」と移動したように、「ミ ファ」と1音上がってFになりますが、Fはコードとしてはこれまた動的で、「起承転結」の「転」としてよく使われるコードです。しかもFが解決されない(どこにも展開されない)まま4段目のDmというよく似たコードに続きます。従って、3段目は、1段目と同じように非常に地味ながら1音移動による微かなメロディ性を持ちつつ、物語が進み、しかし5段目のキメ(オーイェー アアー)まで焦燥感が続くという、感情的でドラマチックな展開になっています。ベースだけで違いを作るとても微細な工夫ですが、「音楽家のマニアックな工夫」というものでは決してなく、聴く人にとってその意図がはっきりと届いていることは、この楽曲の印象を思い浮かべれば納得がいきます。

 しかしそもそも、なぜフレーズの最初のコードを不安定にする必要があるのでしょう? 答えは先程の「add9」です。この曲にはっきりとしたadd9のコードは登場しませんが、実はサビのボーカルのメロディが、Cに対しての9度「レ(D)」で始まるのです。弾いてみればわかりますが、単純なCの上にレで始まる歌を乗せても、コードの中に「レ」がないので上手く乗りません。では、分数コードで「ソ」や「ミ」をベースが弾けば調和するのかといえば、結局「レ」がないことに変わりはないので調和しません。ただ、コード自体が不安定になるため、ボーカルのレも含め「不安定なので早く動きたい」という次の展開を誘発する響きになります。

 どちらにせよ、「F G C」というような、よくあるすっきりとしたドラマをこのサビは見せてくれません。『天体観測』のもどかしいような切なさは、微妙に不安定で、上手く解決されないままのコード進行によって表現されています。若い頃の楽曲だけあって、音楽理論に則して言えば荒削りな部分も多いですが、「抑制しつつあふれる感情」というこの曲、ひいてはその後のBUMP OF CHICKENの表現をとてもデリケートに表現している進行です。

 このように、BUMP OF CHICKENの楽曲の個性は、藤原さんの歌詞や声質だけでなく、それを音楽的に表現するコード進行によって支えられており、その上でボーカルが他にないリズム要素を持っているからこそ、歌の存在が際立っているのだ、ということがよくわかります。「エモーショナル」というと、音楽的にはストレートな表現が多いですが、BUMP OF CHICKENの場合は、非常に細かな感情表現を、複数の要素で作り上げています。

参考1:モーニング娘。楽曲の進化史ーーメロディとリズムを自在に操る、つんく♂の作曲法を分析
参考2:ユーミンのメロディはなぜ美しく響くのか 現役ミュージシャンが“和音進行”を分析
参考3:小室哲哉はJPOPのリズムをどう変えたか 現役ミュージシャンが「TKサウンド」を分析
参考4:スピッツのメロディはなぜ美しい? 現役ミュージシャンが名曲の構造を分析

■小林郁太
東京で活動するバンド、トレモロイドでictarzとしてシンセサイザーを担当。

※記事初出時、情報の一部に誤りがありました。訂正してお詫び申し上げます。(編集部)

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