『あんぱん』中島歩の眼差しが伝える愛 のぶの“間違い”は現代人にも深く刺さる

『あんぱん』次郎の優しさに胸が傷む

「先生はみんなあに間違ごうたことを教えてきました」

 のぶ(今田美桜)の児童らに対する懺悔から始まったNHK連続テレビ小説『あんぱん』第61話。日本の勝利を信じて疑わず、純粋な子供たちを戦争へと駆り立てた罪の意識からのぶが教師の職を辞する。

 終戦から5カ月が経ったが、高知の街には生々しい傷跡が残り、人々は深刻な食糧難に喘いでいた。のぶは闇市で買った芋を盗まれる。後を追うと、そこには二本の芋を分け合って食べる子どもたちの姿が。終戦直後の空襲で親を亡くした戦争孤児たちだった。

 のぶが勤める御免与尋常小学校をはじめ、国民学校ではGHQの指導により軍国主義教育からの転換が図られることに。教科書にある軍国主義に関する記述はすべて墨で塗りつぶされ、国民が信じ込まされてきた“正義“が呆気なくひっくり返っていく。特に軍国主義教育を積極的に推し進めてきたのぶが「自分は間違っていた」と感じるには十分な出来事だった。

 そんなのぶを支えたのが、次郎(中島歩)だ。長い航海から無事に生還したものの、肺病にかかり海軍病院に入院中の次郎。病状は一向に回復せず、のぶはたびたび病院に足を運んでいた。何度目かの見舞いでのぶが教師を辞めたことを打ち明けると、次郎は驚きもせず、「君らしいね」と受け止める。

 戦時中、「間違った」のは決してのぶだけではない。多くの国民が正義の戦争と信じ、足を止めることなく突き進んでいった。その戦争が終わり、中には自己反省もなく、新しい正義に順応できてしまう人もいるはずだ。しかし、のぶは子どもたちを巻き添えにした自分を許せず、教壇に立つ資格はないと決断した。その真面目さと責任感の強さを次郎は「君らしい」と思ったのだろう。

 「僕も船の上から戦況を見て、この戦争は悲惨になると思うちょった。けんど……何もできんかった」と後悔の念を口にする次郎。当時、戦争に反対でもしたなら“非国民”として激しく非難された。誰がのぶや次郎を責められるだろう。強いて言うのであれば、一人ひとりの罪だ。アメリカがイランの核施設攻撃に踏み切り、東京都議会議員選挙が行われた翌日のこの放送にとてつもなく意味があるように思えた。戦後80年が経ち、その記憶が風化していく今だからこそ、彼らが語る懺悔や後悔を胸に刻んでおく必要がある。

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