『あんぱん』で『チリンのすず』のオマージュを描いた意義 “狼”ではなく人間であるために

『チリンのすず』と『あんぱん』

 嵩(北村匠海)は中国福建省の奥地で飢餓と敵の姿を目の当たりにし、のぶ(今田美桜)は空襲に遭う。NHK連続テレビ小説『あんぱん』第12週「逆転しない正義」(演出:柳川強)では終戦の日までが描かれた。

 終戦に至るまでの日々は過酷だった。多くの経験をする。宣撫班に異動になり、得意の絵を活かしてオリジナルの紙芝居を作る。

 宣撫班は「医療活動や娯楽で、日本軍に親しみを深めさせ、占領に協力させることを目的」として活動していた。名目上は「東亜諸国の共存共栄」「占領地の保全と安寧確立」「占領地良民を己が同朋兄弟と心得愛護善導育成」を謳っているが、実際は中国の人たちを日本の都合のいいように扱っていた。住処から追い出したりしているものだから中国の人たちからはよく思われていない。「これのどこが正義の戦争なんだ?」と疑問に感じる嵩。やがて痛烈な体験を味わうことになる。

 まず、紙芝居。中国の通訳者によるあえての誤訳によって、嵩の心のこもった物語は間違った理解をされる。嵩は父・清(二宮和也)の手帳にあった「東亜の存立と日支友好は双生の関係である」という言葉をヒントに、争っていたふたりが双子で、仲良くする結末を書いたのだが、中国人はそんな話をせせら笑い、兄弟のわけがないというオチにしてしまう。一見友好的なようで、影では何を思っているかわからない。いや、沸々と憎しみをたぎらせている。その最たるケースが、中国の少年リン(渋谷そらじ)と岩男(濱尾ノリタカ)の関係であった。

 やけに岩男になついているリンを憎からず思っている岩男。日本にいるまだ見ぬ子を重ねて見ているのかかわいがっていた。ところが、リンは中国のスパイだった。やたらとなついていたのも作戦だったのだろうか。リンは岩男を母の仇として狙っていた。岩男はもうすうすわかっていたようで、リンにいつか撃たれることを覚悟していて、そのときがやって来る。

 「リンはようやった。これでええがや」と岩男は自分の運命を受け入れ、復讐を果たしたはずのリンは「お父さんの形見の銃で岩男を撃った。でも僕の心はちっとも晴れない」と嘆く。これはまるで嵩が書いた『双子の島』のようである。顔の似たふたりがお互いに暴力をふるうと自分の肉体にも痛みが走るという物語を嵩は考えた。リンの母親を撃った岩男は苦しみ、仇を討ったリンも苦しんでいる。それぞれの正義をぶつけあった結果、傷つけ合うことしかできない。いつしかリンと岩男の間には特別な絆ができあがっていて、もしかしたら手をつなぎあうことができたかもしれないのに。確かに、「これのどこが正義の戦争なんだ?」である。

 リンと岩男との関係は、嵩のモデルであるやなせたかしの絵本『チリンのすず』のオマージュのようだ。童話がよくよく読んでみると、実は怖いというのは知られた話で、『チリンのすず』も然り。実はこわいどころか、どこからどう見ても怖い。以下『チリンのすず』のネタバレをします。

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